MUJIキャラバン

天然樟脳

2014年05月07日

夜の住宅街を歩いているとき、煮物のニオイがして実家を懐かしむ。
こんな経験をされたことはありませんか?

ある特定のニオイがそれにまつわる記憶を誘発する現象のことを
"プルースト現象"というそうですが、
同じように、実家やおじいちゃん・おばあちゃんの家の記憶を思い起こすニオイに
「樟脳(しょうのう)」があります。

樟脳とは、衣類の虫よけや芳香剤などに使われるもの。

その樟脳が何からできているかについて、これまで考えたことがなかったのですが、
その答えは私たちの案外身近なところにありました。

神社などで見かける「クスノキ(樟)」です。

クスノキは、ハッカのようなスーッとする特有のニオイを有しており、
この木があると虫も寄ってこなくなるため、
厄除けの意味から神社によく植えられたともいわれているとか。

また、クスノキには、鎮痛・消炎・血行促進などの薬理作用の性質もあり、
医薬品名「カンフル」として使われていました。

そんなクスノキは、暖かい地域にしか生息しないといい、
世界的に見ても、中国の揚子江以南から台湾、韓国、
そして、日本の西南部一帯にしかないんだそう。

そのため、クスノキから作られる樟脳は、かつてはたばこや塩と同様、
日本専売公社によって専売されていたといいます。

「樟脳がなければ、日本はこんなに栄えていなかったと思いますよ」

福岡県みやま市にある「内野樟脳」の5代目樟脳師、
内野和代さんにお話を伺いました。

内野さんいわく、江戸時代に樟脳は、金・銀に次ぐ輸出品だったそう。
クスノキの自生林に恵まれていた薩摩藩や土佐藩では、
樟脳を売ることで、軍費を稼いでいたんだとか。

「樟脳はセルロイド(合成樹脂)やフィルムの原料でもありましたが、
合成樟脳が生産されるようになると、
天然樟脳を作る生産者はどんどん減少していきました」

現在、国内における樟脳の生産者は4軒あるといいますが、
一時は内野樟脳だけの時代もありました。

ここ数年自然素材が見直されてきたなかで、
樟脳づくりを希望した生産者にその技術を教えたのも、実は内野樟脳でした。

そんな内野さんの工場は、住宅街の一角に佇んでいます。

九州一円から集められたクスノキが山のように積まれていて、
近づくと爽やかな香りがするので、
そこが樟脳づくりの現場であると容易に気付くことができます。

樟脳づくりの工程は、クスノキの木材を特殊な円盤カッターで
細かく砕くところから始まります。

大人が全体重をかけて押し付けて行うので、大変な労力のかかる作業。
また、一つひとつの木材によって癖が異なるので、
それを把握し、カッターに手を取られないように慎重に行う必要があります。

おもわず、「機械で細かく砕いてはいけないのか?」と質問してしまったほど。

すると、このカッターで削った場合に出る細かなひびが
樟脳を取り出しやすくしているといいます。

この木片を大きな甑(こしき:蒸し器)に入れて、蒸すのですが、
この時、木片を杵できちんとつき固めておくことが大切だそう。

その後、甑から発生する蒸気を冷却槽で冷やして、樟脳成分を取り出すのですが、
木片がうまく詰まっていないと、蒸気だけが上に抜け、
樟脳成分が十分に抽出できないというのです。

ちなみに木片を蒸すための燃料は、
樟脳成分を取り出した後の木片を乾かしたもの。
原料から燃料へと循環していて、一切の無駄がありません。

このかき氷のようなものが、樟脳の結晶です。
同時に、樟脳油が分離されますが、これはアロマオイルとして使用されているそう。

結晶をさらに圧搾機に入れて、一晩かけて圧搾すると、
ようやく樟脳の塊が取り出せるといいます。

すべての製造工程に最低でも10日を要す、天然樟脳づくりですが、
約6トンの木片からできる樟脳は、わずか25kg程度。

「樟脳づくりのポイントは『音をよみとる』ことだと思っています。
火の音、水の音…。
代々引き継がれてきているのは"感覚"なんです。
マニュアルはないから、五感を研ぎ澄ませてやっています」

これまで、どちらかというとツンと鼻につくようなニオイだと思っていた
樟脳の香りですが、内野さんたちの手作業によって、
丹精込めて作られた天然樟脳の香りはとてもナチュラルで、優しい香りでした。

衣類にニオイが残ってしまいがちな虫よけや芳香剤ですが、
天然樟脳の香りは、風に当てるとさっと消え、
衣類に残らないのが評判だといいます。

また、原料はクスノキと水のみなので、
化学物質や添加物にアレルギーがある方にも好評だそう。

20年以上にわたり、ご主人とともに樟脳づくりを行ってきた内野さん。

2010年にご主人が他界され、樟脳づくりの継続を迷われたそうですが、
お客様からの熱望と、地元の方の支援があり、今日に至っているといいます。

「使っていただいている人の声に突き動かされてやっています。
先人たちの気持ちを大切にしながらも、
自分の目線で、私にできることを続けていきたいですね」

内野さんのこの言葉を聞いて、昔ながらの手仕事を守っていくのは
作り手だけでないということを改めて実感しました。

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  • プロフィール MUJIキャラバン隊
    長谷川浩史・梨紗
    世界一周の旅をした経験をもつ夫婦が、今度は日本一周の旅に出ました。
    www.cool-boom.jp
    kurashisa.co.jp

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