MUJIキャラバン

世界にひとつだけの椅子

2012年07月25日

子供が生まれたらプレゼントしたいものがあります。

それは、北海道旭川市近郊で作られる、
世界にひとつだけの椅子。

木でできた椅子は、温かみがあります。
ステンレスよりも傷つきやすいかもしれない。
でも、使った分だけ、時が刻まれる…そんな気がします。

「君の椅子」プロジェクト。

新しい市民となった子供たちに、
"生まれてくれてありがとう"の想いを込めて
居場所の象徴としての「椅子」を贈る取り組みが
北海道旭川市近郊の3つの町(東川町・剣淵町・愛別町)で
2006年から行われています。

「子供が生まれたことを共に喜び合える地域社会を作りたいと思ったんです。
子供は地域社会の宝ですからね」

そう話すのは、「君の椅子」プロジェクト代表の
旭川大学大学院の磯田客員教授。

なぜ椅子なのでしょうか?

子供の椅子は一見すぐに使えなくなってしまうようにも思うのですが、
椅子は座る機能だけではないと、磯田教授はいいます。

例えば、絵本を置くのに使ったり、踏み台として使ったり。
子供の成長に合わせて用途は変わりますが、
日々の暮らしにそっと寄り添いながら、子供の成長を見守っていく椅子は
"思い出の記憶装置"なんだそう。

また、この「君の椅子」プロジェクトは
コミュニティ形成に加えて、
産業振興、ものづくりの観点での目的もあるのです。

もともと旭川市近郊で盛んな旭川家具の技術を活かしたいと、
毎年椅子づくりを地元の工房作家や家具メーカーに交代でお願いしています。

2009年からは全国の誰もが参加できる、「君の椅子倶楽部」が発足。
これにより、3つの町と「君の椅子倶楽部」に参加した方の
新生児分の椅子が旭川市近郊で作られています。

この「君の椅子」プロジェクトにいち早く参加の意思を示したのが、
古くから「写真の町宣言」をして町づくりを行う、東川町。

「東川町は北日本で3番目に大きい旭川市に隣接していて、
旭川空港まで約10分、旭山動物園に日本一近い町だし、大雪山もある。
こんなに条件がそろっている町が活性化しなかったら、他の町は無理ですよ」

そう話す松岡町長の元では、次々と新しいアイディアが生まれています。

例えば、2005年からは新しい婚姻届を採用。
入籍の際には、夫婦になった瞬間の写真を撮影してプレゼントし、
記念のメッセージシートにメッセージを残し写真と共に
保管しておける形の婚姻届です。

用紙の文字の色ひとつとっても、ピンク色でなんだかそれだけでも
ハッピーな気分が増すものです。

「君の椅子」プロジェクトについて、松岡町長に伺いました。

「この椅子は、親から子へ伝えていけるもの。
昨年の東日本大震災の際には、我々にできることは何かを考えた結果、
3月11日に生まれた子供たちに形に残るものをプレゼントしよう
ということで、私も福島に椅子を届けに行ってきました」

2011年3月11日、2万人近い方が亡くなられたあの日、
一方で新しい命が誕生しました。
しかし、その数は誰も統計をとっていませんでした。

「君の椅子」プロジェクト代表の磯田教授は
東川町の松岡町長、剣淵町・愛別町の各町長と相談して、
被害の大きかった岩手県・宮城県・福島県の全128市町村に
「あの日、あなたの町で何人の子供が生まれましたか?」
という手紙を出しました。

ダメもとで送った手紙には続々と返事が寄せられ、
あの日、3県で104人の赤ちゃんが生まれていたことが分かりました。

こうして作られたのがもうひとつの「君の椅子」、
"希望の「君の椅子」"でした。

ひとつひとつの椅子の裏には、
"希望の「君の椅子」"のロゴと名前、誕生日、各県のシリアルナンバー、
そして「〜たくましく未来へ〜」という文字が刻まれています。

今回、椅子の制作をしたのは、東神楽町にある株式会社匠工芸。

設計を担当した業天さんは

「今回の椅子づくりはものづくりの原点を思い出させてくれました。
あの椅子を作れれば、何でも作れるんじゃないかと思うほど」

と振り返ります。

ひとつの椅子を作るのに11個のパーツが使われ、
パーツの接続には、10本の竹釘を使ったそうです。

「私たちには、遠い森からはるばるやって来た木に
かけ心地のいい椅子としての、
あるいは使いやすい収納としての新しい人生を授け、
未来へ船出をさせてやる責任があると思っています」

匠工芸の桑原社長がものづくりへの想いを語ってくださいました。

「木はぶつけると傷つき、乱暴に扱うと機嫌が悪くなる。
でも大切に扱うと素直になるし、心をかけると思い通りに美しく育ってくれる。
まるで子供のようなんです」

世界にひとつだけの「君の椅子」は
発案者の想い、町の想い、そして作り手の想いがひとつになり、
形となって子供たちに届けられているのです。

子供たちへのメッセージはひとつ。

君の居場所はここにあるからね。
生まれてくれて、ありがとう。

君の椅子プロジェクトは、くらしの良品研究所・小冊子でもご紹介しています。
くらし中心 no.06「手渡すこころ」(PDF:10.3MB)

また、『君の椅子』プロジェクト展(Living Design Center OZONE)が、
2012年8月21日(火)まで東京都新宿区で開催中です。
※「君の椅子」プロジェクト展は、2012年9月4日(火)まで会期が延長になりました

  • プロフィール MUJIキャラバン隊
    長谷川浩史・梨紗
    世界一周の旅をした経験をもつ夫婦が、今度は日本一周の旅に出ました。
    www.cool-boom.jp
    kurashisa.co.jp

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