鷹の爪
とある催事場に足を運んだときのこと、
とても香ばしい香り漂う一角がありました。
その香りに引き寄せられるように集まる人だかりの中心には、
貫禄あふれる風貌の男性の姿が。
大阪堺市で100年余り、和風香辛料をつくり続けている老舗、
「やまつ辻田」の4代目、辻田浩之さんです。
「日本人は昔からほのかな香りを楽しんできました。
さらに、目でも辛みを味わってきたんです」
辻田さんが手掛けるのは、国産唐辛子を使った七味唐辛子。
それも、この時は高知県北川村で、
種から60~100年かけて育てられた「実生の柚子」もふんだんに加えた
「柚七味」の配合中でした。
その香ばしい香りと、豊かな色彩に、
自然と味覚が反応し、思わず唾液が溢れそうになります。
「唐辛子を使った食べ物といえば、何を思い浮かべますか?
漬け物、きんぴら、辛子明太子
、色々と使われていますが、
たぶん皆さん口にしているのは、ほとんどが外国産のものです」
辻田さんいわく、
現在、日本に流通している赤唐辛子の99%が外国産で、
その多くが「天鷹」に代表される中国産品種だそう。
そんななか、やまつ辻田で代々、こだわり続けているのが、
国産純粋種の「鷹の爪」。
よく耳にする名前ですが、
実は絶滅の危機に瀕している希少な唐辛子の品種なんだそう。
やまつ辻田のある大阪府堺市も、
昭和30年代までは鷹の爪の一大産地だったといいます。
ただ、複数の実が同時に収穫できる三鷹などの品種に対し、
一房ずつ摘み取る鷹の爪は、手間がかかるため採算が合わず、
多くの農家も栽培をやめてしまったのです。
そんななか、やまつ辻田では100年以上に渡り、
この鷹の爪の純粋種を守り、伝えてきているのです。
「国産の鷹の爪は香りが高い。
そして、辛みのもとであるカプサイシンは外国産辛口品種の約3倍。
香り、辛み、そして風味において、他に勝るものはありませんよ」
江戸時代の医師であり、学者であった平賀源内も、
72品種の唐辛子について解説した「蕃椒譜(ばんしょうふ)」の中で、
鷹の爪についてこんな記載を残しています。
「甚だ小さくして、愛すべき風情」
「食するには、これを第一とすべし」
そんな鷹の爪に恋していると話す辻田さんは、
その役割をこう表現してくださいました。
「名脇役。素材を汚さずに、引き立ててくれる存在」
確かに、麻婆豆腐やキムチなど、香辛料の味が強く効いたものと比べ、
日本での唐辛子の味わい方は、実に慎ましいものがあります。
千枚漬けやきんぴらごぼう、明太子にしても、
主菜の持っている本来の味を損なないほどのアクセントですよね。
さらに、そこに風味を求めるのも日本人ならではかもしれません。
唐辛子に6種もの香辛料を加えた七味唐辛子が、
日本生まれというのも、興味深い事実です。
江戸時代、江戸・両国の近く薬研堀(やげんぼり)で誕生した七味唐辛子は、
漢方薬を参考につくられ、当時は薬の一種として考えられていたそうです。
「薬味」という言葉があるように、それぞれの効能も無視できませんが、
今日まで日本人に愛され続けているのも、
その絶妙な風味のハーモニーからこそでしょう。
「ただ、それは一年中、同じじゃない。素材にはそれぞれの旬があります。
唐辛子の旬、山椒の旬、柚子の旬
。
それら原料のその時期にしか楽しめない香りを大切にしたいんです」
辻田さんがそう話す通り、やまつ辻田では旬の素材が生きるよう、
時期によって微妙に配合を変えているんだそう。
注文を受けてから七味唐辛子の配合を行うのも、
こうした理由からでした。
「モノを売るだけでなく、魂を伝えていきたい」
と話す辻田さんは、夜は地元道場の剣道師範としての顔も。
その子供たちに対する厳しくも愛情のこもった態度と、
唐辛子を語り接するときの態度が、妙にリンクしたのは、
そこにかける辻田さんの魂が同様だからなのかもしれません。
取材後、家で早速「極上七味」を、すき焼きの溶き卵に振っていただくと、
七味の香りと辛みが口いっぱいにふんわりと広がりました。
「国産鷹の爪、七味唐辛子を守り伝えていくことは、
日本の食文化を守ることです。
そして、それは自分の使命だとも思っています。」
そう話す辻田さんのつくる七味唐辛子から、
どこかやさしさを感じたのも、
辻田さんの魂が宿っていることの表れなのかもしれません。