天水棚田でつくる自然酒の会
「このままじゃ、ここも限界集落から消滅集落になっちゃうよな~。」
村一番の田んぼを持つ大百姓の「おさんのう」(屋号)さんが、笑って言いました。
ここ釜沼北集落は25世帯あり、11ヘクタールの田んぼがあります。かつては全世帯が農家でしたが、現在田んぼをやっているのは8名となってしまい、ほとんどが70~80代です。
僕が移住した15年前、お米は1俵(60kg)15000円でしたが去年はとうとう8000円台となり、今年は7000円台にまで下がると言われています。1俵15000円でも農家は厳しいと言っていましたが、今は半値以下となり米価は益々下がる一方です。
さらに、日本がTPPへ加入すると1俵2000~4000円のお米が輸入され、農家にとって大打撃になると言われています。平野部で農地を集約し効率化できる地域ならまだしも、山の中の小さな棚田はこれからどんどん放棄されてしまうでしょう。
高齢の村人が1人で先祖代々の数アールから数ヘクタールもの田んぼを維持するには、トラクター、田植機、コンバイン等々、大型機械を購入し、なんとか維持しているのが現状です。しかし、大型機械を一式全部揃えると新築が1軒建つ程のお金がかかると言われています。こんな状況で米農家が経済的に成り立たつはずもなく、鴨川の農地は90%が田んぼですが、専業農家は20人もいないと聞きました。
それでも村人たちは、「俺たちは生きている限り、田んぼを荒らすわけにはいかないんだ。」と言って、踏ん張って田んぼを維持しています。
最初僕は不思議に思いましたが、ここで暮らすようになり、田んぼをやめない村人たちの気持ちがわかるようになりました。農家の人にとって、田んぼは「自分自身」であり「生きている証」なのです。また、田んぼのある美しい景観は、コミュニティ全体の「シンボル」なのだと知りました。
田んぼは、その地域の人々の「心が写された鏡」のようなものなのです。
国土が荒れるっぺ
「おっ、いたいた。」
農作業をしている僕の前に軽トラが止まりました。
近所に住む70代の「どーちん」(屋号)さんで、どうやら僕を探していたようです。
どーちんさんは軽トラの窓からニュッと顔を出し、不敵な笑みを浮かべ、こう言いました。
「おめ~、あの山の向こうにある棚田をやらねえか?」
きたきた・・・!
近年、大病を患ったどーちんさんは、軽トラから降りると杖をついて、ヒョッコヒョッコと僕の方へゆっくり歩いて来ました。
「俺も身体を悪くしてよう、もうあの棚田まではやりきれねえんだ。おめ~、やってくんねえか? あんな小さな棚田は、誰もやりたがらねんだよ。」と苦笑します。誰もやらない棚田が、"棚田大好き変人"の僕に回ってきます。
「おりゃ~昔、棚田サミットで新潟の棚田へ行った時によう、山の中で県の予算を何千万円も使って地すべり工事をしているのを見たんだ。俺はその時、一緒にいた県の役人に、こんな誰も住んでねえ山の中で、そんな工事したって税金の無駄使いじゃねえかって言ってやったんだ。」
どーちんさんの眼がだんだん真剣になり、言葉に熱を帯びてきました。
「そしたらよう、その県の役人は、俺にこう言ったんだ。この山の上で今この工事をしなければ、いずれ下の街にもっと大きな被害を及ぼす事になると。そして、その地すべり工事が必要になったのは、棚田をやらなくなったからだと。棚田は雨水をゆっくり山から降ろす治水ダムの役割をしていたんだ。俺はその時、山の中の棚田で俺達がお米をつくっているから、川が氾濫せず、土砂崩れを防ぎ、村が守られ、街も守られているんだって知ったんだ。だから、金にならねーからといって、みんなが棚田をやらなくなったら、国土が荒れるっぺ。だから、今まで頑張ってやってきたけど、この身体じゃもう無理なんだ。」
どーちんさんの話を聞くと、なんだか日本の国土を頼むって言われたような気がしてしまいした。いやいや、そんな大きなことは僕には出来ませんが、小さな村の小さな棚田くらいはなんとか守りたいと思い、数日間悩みましたが結局僕は引き受けることにしました。
棚田で自然酒をつくろう
そんなこんなで、今年から棚田が25枚に増えました。
確かに、棚田は維持管理が大変なわりに経済効果は低いかもしれませんが、山里に囲まれた棚田は、生物多様性の宝庫で、治水の役割も果たし、とても美しい「いのちの彫刻」です。
棚田を含む里山全体を社会の共有財産として都市住民と共に保全していこうと、去年から無印良品くらしの良品研究所と一緒に「鴨川棚田トラスト」を始めましたが、今年はもうひとつ新しいプロジェクトを始めます。
それは都市住民と共に、天水棚田で無農薬のお米づくりを田植えから稲刈りまで楽しみ、そのお米で千葉県神崎町の蔵元寺田本家にて自然酒を造ってもらう「天水棚田でつくる自然酒の会」というプロジェクトです。
収穫祭では、僕らが里山で焼いた炭で鴨川の山海の幸をあぶり、自然酒で乾杯しようと、今から楽しく妄想中です。ムフフ・・・。
あ、車で帰る人は乾杯できませんので、宿泊希望の方はご連絡ください。
これは棚田も保全できて、おいしい自然酒もつくれるという酒飲みには大変うれしいプロジェクトです。そして、なにより寺田本家は僕が大好きな酒蔵なので、実は企画した僕が一番うれしいかもしれません。
蔵元寺田本家
無印良品の発行する小冊子「くらし中心 no.12 発酵のちから」でも紹介されている寺田本家は、江戸時代延宝年間(1673~81)から創業300年以上続く千葉県香取郡神崎町の老舗の酒蔵です。
神崎神社の鎮守の森に守られるようにある酒蔵は、微生物が響きあっているためか清々しいオーラを放っています。
「自然の原点に戻って酒造りをしたい」という願いのもと、無農薬、無添加、全量『生もと造り』の寺田本家のお酒は、今や全国に絶大なファンがおり、イタリアのスローフード協会やロンドンの自然派ワインのシンポジウムにも招聘され、日本のみならず世界中で注目されています。
寺田本家の特徴は、なんと自社田にて無農薬で在来種のお米を育て、その稲につく野生の稲麹菌で麹を作り、そして蔵人が仕事唄を唄いながら、昔ながらの製法で丁寧にお酒を仕込んでいます。さらに、酒蔵の財産といわれ、雑菌が入り込まないように関係者以外は中々入れない麹室(こうじむろ)へ、「みんなで発酵するので大丈夫です」と言って見学させてくれるのです。
寺田本家のお酒づくりは、すべてを敵とせず、あらゆる菌と響き合う「調和と共生の世界」なのです。
先代の23代目の故寺田啓佐さんが25年前、自身の大病を機に一大決心をして自然酒造りに180度方向転換したそのストーリーは著書「発酵道」にもまとめられています。そして近江商人の「売り手よし・買い手よし・世間よし」の「三方良し」に、さらに「自然よし=地球環境よし=神様よし」を加えた「四方良し」を提唱し、「うれしき・楽しき・ありがたき」を商いのテーマとしています。う~む、すごい酒蔵だ・・・。
その家訓は24代目の娘婿の寺田優くんと娘の聡美さんにも引き継がれ、「発酵の里こうざき」として街づくりに取り組み、町全体を発酵させようと奮闘中です。毎週金曜日の夕方、旧役場を再利用して地元の有機野菜や手作りお惣菜などを販売する「金曜夕市」は、地域コミュニティの交流の場となっています。
また、毎年行われる「お蔵フェスタ」は、人口6千人の小さな町に5万人が訪れるスゴイお祭りとなっています。そんな町の魅力に引き寄せられ、神崎町には地大豆と地下水でつくる「月のとうふ」、寺田本家の酒粕から酵母をおこして国産小麦のみで焼く「福ちゃんのパン」、有機農家「南実の音(なみのおと)農園」、すべてのメニューに酵母を使う「こうぼ食堂」、都市と農村をつなげる「NPOトージバ」のギフトエコノミースペース「ALUMONDE」等々、若い移住者も増え、千葉県一小さな町はプクプクと素敵に発酵しています。
千年の時を越え、蘇るどぶろくの元祖「醍醐のしずく」
友人である24代目の寺田優くんに連絡をすると、この棚田で自然酒をつくるプロジェクトに賛同してくれ、ありがたいことに快諾してもらえました。
そして、なんと僕が寺田本家で一番好きな絶品「醍醐のしずく」を造ってくれるというのです。
寺田本家のHPによると、「醍醐のしずく」はこう説明されています。
「現在の菩提山正暦寺(ぼだいせんしょうりゃくじ)に端を発し、鎌倉時代からの戦国の世にかけて編み出された、『菩提もと(ぼだいもと)』仕込みといわれる空中の天然乳酸と野生酵母(酒蔵では蔵付き酵母)を採り込んだ『そやし』という水をもとにして仕込みました。
まさに『生もと』の原型、酒造りの原点と言えるお酒造りに挑戦いたしました。」
室町時代初期の「御酒之日記(ごしゅのにっき)」という日本初の酒造技術書にも記されているこのお酒は、どぶろくの元祖であり、その驚くほどフルーティーな口当たりは、まるでお米のワインのようで、どんな料理にも良く合います。
ちょうど、この辺りの棚田は室町時代からつくられてきたと言われていますので、もしかしたら当時ここではこんなお酒が飲まれていたのかも知れません。千年の時を超えて、鴨川の天水棚田で中世のお酒が蘇るのは、なんとも歴史ロマンがあり、僕は1人で興奮しています。
命名、自然酒「天水棚田」
現在、日本にあるほとんどの水田は、堰やダム、河川などから水を引いていますが、この地域の棚田は全国でも珍しい雨水だけで耕作する天水棚田です。
雨が降った翌日、村人は一斉に田んぼへ出て棚田に水を溜めます。だから、僕も雨が降ると、カエルのように喜んで、鍬をかついでケロケロと田んぼへ出ていくのです。
また、棚田は山の中にあるため、周りの山林の管理や法面の草刈りなど大変苦労が多いのですが、自然と一体になった天水棚田のお米づくりはこの地域のシンボルなので、この自然酒を「天水棚田」と命名しました。
「楽しく、おいしく、面白い物語」をみんなで創る
参加費は15000円で自然酒「天水棚田」(720ml)を8本、10000円で5本、5000円で2本の3コースあり、収穫祭で出来たてホヤホヤの自然酒をお渡しします。
「醍醐のしずく」は寺田本家さんでは1本1566円なので、自然酒「天水棚田」は少し高くなりますが、棚田保全のための運営費が含まれていますので、ご理解頂けるとありがたいです。
「天水棚田でつくる自然酒の会」を通して、これから消え行く運命にある日本の棚田を「楽しく、おいしく、面白く」守っていけたら、とても嬉しく思います。
そして、この「物語」に共感してくれる人と微生物たちと一緒に、心地よく発酵したいと思います。プクプクプク・・・。
スケジュールは以下となります。
2015年5月23日(土)田植え
2015年6月20日(土)草取り
2015年7月18日(土)草取り
2015年9月22日(火・祝)稲刈り
2015年11月21日(土)収穫祭(自然酒をお渡しします)
2016年1月31日(日)寺田本家 蔵見学
尚、各回の参加費は別途かかりますので、ご了承ください。
農作業はできるだけ参加して欲しいですが、お仕事の都合などでどうしても来られない場合はご連絡ください。
限定400本ですので、定員になり次第締め切らせて頂きます。
鴨川の棚田と寺田本家との初のコラボは、楽しくなりそうです。みなさまのご参加を心よりお待ちしております。
<お申し込み先・お問い合わせ>
「天水棚田でつくる自然酒の会」 林良樹
氏名・郵便番号・住所・電話番号・メールアドレス・参加するコースを明記し、以下の連絡先にお申込みください。
(Mail)awanoniji@gmail.com
(URL)「天水棚田でつくる自然酒の会」Facebookページ
(URL)「林 良樹」Facebookページ
(電話)080-5087-3280
Photo by Yoshiki Hayashi