もう一つのケルトの地 スコットランド
2005年4月5日に成田を離れロンドンを経由し、エディンバラ、パースを抜けたどり着いたスコットランド北東部。そこには今まで見たことのないそぎ落とされた風景がありました。3月にレコーディングで来た時は、グラスゴーのホテルとスタジオの往復に明け暮れそれ以外の場所はほとんど見ることが出来ず、一日だけロケーションハンティングでハイランド地方をまわっただけでした。BGM7の音源制作はミュージシャンの日程の関係からやむなくレコーディングと撮影を分けて制作する事になりました。写真撮影の為の今回の旅はエディンバラからパース、スペイサイド、インバネスを抜ける6泊7日。各地それぞれ1泊のハードスケジュールでした。
5月のスコットランド ヒースの草原
今回のレコーディングの調査をする前はスコットランドは独立した一つの国だと思っていました。とても不勉強だったのですが調べてみると、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)を構成する国という位置づけになっていることを知りました。イングランド、スコットランド、ウエールズの3つの国が連合してグレートブリテンを構成し、それに北アイルランドが加わって連合国となっています。イギリスというゲルマン民族アングロ・サクソン文化の地とスコットランド、ウエールズのようなケルト文化の地が連合王国になっていることにとても驚きを覚えました。
海辺に建つ古い建物
日本ではエンヤや映画タイタニックなどで多くのファンを持つケルトですが、一般的にはあまり知られていない文化だと思います。すでにご存じの方もおられると思いますが、少しケルトについて触れてみたいと思います。中央アジアから拡がったケルト文化は紀元前四世紀頃には地中海と北海沿岸の地域を除くヨーロッパ全域にその覇権を広げていたそうです。ローマ帝国の拡大と共に縮小をしていきましたが二頭立ての馬を並べた戦車で疾走し、槍を投げて戦うケルト戦士の勇猛さはギリシャ、ローマからも恐れられていたそうです。ケルトは国家や民族として活動した形跡は歴史には残っていません。共通のドルイド教という共通の宗教感を持ち、共通のいくつかの言語を話していましたが、それらは多くの集団に別れそれぞれの集団が独自に活動していたようです。そういう意味ではケルト民族というよりもケルト文化と呼んだ方が正しいようです。最近映画になった「Warrior Queen」や「King Arthur」はこの時代のローマの侵略地ブリタニアとケルトの地、カレドニアが舞台です。このカレドニアがほぼ現在のスコットランドになります。
スコットランド原産のクライスデール( Clydesdale )
そのローマとの戦いの後、西暦500年頃カレドニアにアイルランドからケルト系のスコット族が進出ダルリアダ王国を作りました。西暦863年にこのスコット族が同じケルト系ピクト族オールバ王国との戦いに勝ち連合国となりました。その連合国の王にスコット族の王がなったことからスコットランドの名前が生まれたそうです。
日本と共通する部分が多いケルト文化
ヒースの原野に建つ家
ケルトは文化を文字で残すことを嫌い音楽と口伝により様々な民話を残しました。現在残るケルトの民話はキリスト教修道僧達によって書物に書きおこされ今日まで伝えられたものだそうです。興味深いのは、その民話の中に日本の「浦島太郎」や「瘤取りじいさん」に酷似したものもあります。また『耳なし芳一』や『雪おんな』などで馴染みの深い小説家、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)はアイルランド人の父とギリシャ人の母を持つ人です。小泉八雲が日本を愛し、また日本人が八雲を愛した背景にはケルト文化と日本の共通点があったのではないでしょうか。
ケルト民族の宗教も多神教で、ドルイド(樫の木の賢者)と呼ばれる聖職者に導かれて、霊魂の不滅と輪廻転生、万物に精霊が宿ると信じ、樹木(特に樫)、川、岩、山、森、動物などあらゆる自然に霊魂が宿っていると考えられていました。とくに泉、池、洞窟、井戸など水にかかわる場所が神聖視されたとされています。なにやら日本の話のようですね。
キング・アーサー、エクスカリバー伝説を連想するような湖
ケルト宗教ドルイド教は、日本の八百万の神々に通じる原始宗教です。また、輪廻転生やすべてのものに霊が宿るといったような、日本の宗教観ととても似ている部分が多くあります。夏目漱石が神経衰弱を発したロンドンを離れ、帰国前にスコットランドに滞在し病を癒した話は有名ですが、慣れない土地で疲れた心を日本と似ている宗教観を持つスコットランドに来てほっとしたのではないでしょうか。スコットランドで語り継がれてきたケルト音楽は独特の旋律とともに、美しく、やさしい力強さにあふれた曲が多いのが特徴で、スコットランドの豊かな精神文化を強く感じます。特にハープはケルトに深い関わりを持つ楽器で、口伝の伴奏としても広く知られ、スコットランドでもスコティッシュ・ハープとして親しまれ、現在でも多くのミュージシャンがすばらしい演奏を伝えています。
話は少し外れますが・・。
あたり一面に咲き誇っていた水仙
録音装置の発達と共に商業音楽が盛んになり、個々の文化とはかけ離れた音楽がポピュラー音楽として発展してきました。ちょうどその時代に音楽の仕事をしてきたのですが、突然子供の頃聞いた小学校唱歌が懐かしく思われるときがありました。懐古趣味なのかと自問自答する中で、日本の昔の小学校唱歌はほとんどが西洋各国の伝統音楽や民謡であったことに気づきました。そして同時代の中で流行として消化される音楽となん百年も歌い継がれていく音楽はなにが違うのか考え始めました。テレビのコマーシャル音楽のように耳に刺さる音楽と心に響く音楽の違いがすこしずつ理解出来るようになりました。そして生まれたのがこの企画でした。
太古からの流れ
この企画はそれぞれの国の歌い継がれた古い楽曲を現在の現地ミュージシャンが演奏をして伝える口伝です。私たちがまったく住んだこともない土地の音楽に安らぎを感じるのはなぜでしょう。たぶん口伝の音楽には生活する者としてのさまざまな思いが水脈のように流れているのではないでしょうか。言葉やスタイルは違っても、自然や友人、家族を思う気持ちは一緒のように思います。特に皆様からはケルト音楽へのご賛同が多いように感じます。それは今回お話ししたケルト文化と日本人の心がとても近いところにあるのではないかと私は思いました。
スコットランドの桜
お陰様でこの世界の伝統音楽BGM企画も通算40万枚のCD生産数を記録しました。これは皆様から40万回のご賛同と励ましをいただいたと思っております。この場をお借りしましてBGM企画で動いているスタッフ一同心より皆様に感謝をお伝えいたしたく思います。
次回は話を進めまして、ケルトの地スコットランドをぐるっとご案内いたしたく思います。