マイ田んぼ
田植え体験や援農ツアーなど、農作業のイベントに参加する人が増えています。5月に行われた「鴨川里山トラスト『有機米の会』(NPOうず・無印良品共催)」の田植えには、総勢100人もの人が参加。自然のなかで気持ちよく身体を動かしました。そんな楽しさに気づいた人たちがさらに一歩踏み込んで実践しているのが、小さいながらも自分の田んぼでする米作り。今回は、そんな「マイ田んぼ」に取り組む人たちをご紹介しましょう。
私の田んぼ
都心から車で約2時間。NPO法人「SOSA Project」の「マイ田んぼ」は、千葉県の匝瑳(そうさ)市にあります。たえまなく流れる水のせせらぎとカエルや鳥の声をBGMに、水を湛えた田んぼに足を入れて楽しそうに農作業をする人たち。田植え、稲刈りなどのいっせい作業以外は、各々が自分の区画で、自分のペースで作業しています。
ロープで仕切られた一区画ごとに立てられているのは、田んぼの表札ともいうべき看板。竹を割って手書きしたもの、木の板に木の枝を貼り付けた工作風のもの、カラフルなペンキで彩ったものと人それぞれで、「私の田んぼ」を主張しているようです。時おり吹き抜ける風の動きにつれてカラカラと音を立てて回るのは、モグラ除けのために手作りしたというペットボトルのプロペラ。近くには子どもたちが作りかけの竹製ベンチもあり、田んぼがアソビの場でもあることを感じさせます。
田んぼの入り口
ここで米作りを楽しむ人たちを「農」に結びつけたのは、東京池袋にあるオーガニックバー、「たまにはTSUKIでも眺めましょ(通称:たまTSUKI)」。NPO法人SOSA Projectを主宰する髙坂勝(こうさか・まさる)さんが2004年にオープンした小さなお店です。『減速して自由に生きる ダウンシフターズ』(ちくま文庫)という著書でも知られる高坂さんは、2009年から匝瑳で米と大豆を自給しながら、店の営業と執筆・講演・ライブ活動などを続けています。そんな高坂さんの店を訪れるお客さんには「半農半X(※)」的な生活に憧れる人も多く、「田んぼに行く?」と声をかけられて、この8年間で、のべ1000人近くの人が田んぼに向かいました。
SOSA Project代表の松原万里子さんも、この店をきっかけに田んぼにたどり着いた一人。「お日さまがあり、風があり、田んぼに足を踏み入れて水や土に触れ、自然とつながる心地よさが何よりうれしい」と言い、2011年からは、古民家をリフォームして匝瑳に移住しています。
オタマジャクシからカエルへ
マイ田んぼは1区画0.5畝(約50m²)で、初めて米作りをする人にも無理のない広さです。使用料は、農業用水代、稲代、田んぼ利用料など込みで、年間35,000円。2年目も継続する人には家族が食べる量を収穫できる広さで1畝(約100m²)あたり1万円、3年目以降で独り立ちできる人には1畝あたり4千円で貸し出し、自給への道を後押ししています。また、2~3年目の人で畑をやりたい人には、畑の無償貸し出しも。高齢で畑を続けられなくなった地元の人と希望者をつなぐことで、遊休地の活用と人のつながりをつくることが狙いです。
「マイ田んぼ」は文字通り「私の田んぼ」という意味ですが、SOSA Projectで「my田んぼ」というときは、「田んぼ1年生」の意味。現在、米作りをしている75組のうち32組が「my田んぼ」組で、継続2年目のまだ少し手がかかる人は「おたま組」、3年目以降の自分でできる人は「カエル組」と呼ばれます。
自然とつながる
仲良く田の草取りをしていたのは、千葉県柏市から2週間に一度くらい通ってくるという中年のご夫婦。初めての米作りで収穫も楽しみですが、「朝早く起きてドライブがてらここに来るのが楽しみ」「泥を触る感覚は子どものとき以来で、気持ちいい」と話します。
奥さんの動きが止まったので足元を見ると、田んぼの中に座り込んで動かない大ガエルを踏まないよう気遣っている様子。「ここの主みたいで」と笑います。農薬も何も使っていない田んぼは多様な生物の宝庫。オタマジャクシやカエルはもちろん、バッタ、ドジョウ、アメンボ、ゲンゴロウ、アカハライモリ
など、さまざまな生きものが棲んでいます。農薬を撒いた田んぼにはいないといわれる「子負虫(こおいむし:メスがオスの背中に卵を産み付け、背中に卵を背負って子育てする水生昆虫)」の姿もあり、奥さんが手に取ってみせてくれました。
人とつながる
田んぼから里山へ続く坂道の途中には、地元・匝瑳市で里山保全活動をする「アルカディアの会」の拠点があります。農家の人を紹介してもらうなど、高坂さん夫婦が匝瑳に通い始めた当初から、お世話になっている会です。SOSA Projectを立ち上げたのも、高齢化が進むこの会の活動を少しずつ担ってほしいと言われたことがきっかけの一つでした。
取材にうかがった日は、ちょうど月に一度の共同作業日。「若い人が増えたので手が行き届くようになった」「いままで下草の陰に隠れていた絶滅危惧種の蘭、金蘭(きんらん)と銀蘭(ぎんらん)がこの里山に生えていることがわかった」──お年寄りの顔から笑みがこぼれます。
そして、都市近郊の住民を遊休農地や里山につなぐ手始めとして手がけたのが、マイ田んぼやマイ畑のあっせん。今では75組、150~200人が米と大豆を自給しています。自分で育てたお米のおいしさに感動した多くの参加者によって、2009年からの8年間で、14反(約14,000m²)の荒れた田んぼをほぼ手作業でよみがえらせました。また、移住を考える人には地元の空き家も紹介。現在、匝瑳市で暮らしている移住者は16組で、ここを卒業して他の地方で自立した人も30組以上になるといいます。
「安全な食べものを手に入れたいから」「無条件に気持ちいいから」「疲れた身体を癒すため」「地方に移り住むための第一ステップとして」 マイ田んぼに通う人の思いはさまざまですが、どの人も穏やかな顔つき。自然や人とつながり直し、自分の力で自分の食べるものを作ることが、生きる自信につながっているからかもしれません。
※半農半X:「半農半X研究所」の塩見直紀さんが提唱する、自給規模の「農」と「生きがいとなる仕事(X)」を両立したライフスタイル