象の糞からつくった紙
それは、タイの象の保護センターで始められた試みでした。草食動物である象の糞には、多くの繊維が含まれています。その繊維から、紙をつくるのです。日本の和紙のように味わいのあるこの紙は、現地の人々のくらしを支えると同時に、象の保護やけがをした象たちの治療のために使われています。
象とともに生きるために
タイでは、象は人間の暮らしに密接に関わりながら、ともに生きてきた大切な動物です。しかし経済が成長し、人口が増え、自然が減っていく中で、次第に象たちの生きる場所がなくなってきました。力持ちの象は森林の伐採や重いものを運ぶ重労働をさせられてきましたが、皮肉なことに、それは自分たちの棲む場所をなくすための労働だったのです。そんな中で、けがをしたり病気になったりする象が増えてきました。自然がなくなり、街に降りてきて食べ物を探し、保護される象も出るようになりました。森の中では、象牙を求めて密猟するハンターに命を奪われることもあります。
こうした象たちを救おうと設立されたのが、ランバーンの象保護センターです。国の費用で象たちを守っているのですが、運営はとても大変でした。そこで、ある職員が考えだしたのが、この紙。象の糞を集めて煮沸し、繊維だけを取り出して、さらにミキサーにかけて細かくし、人の手で一枚ずつ漉いていきます。
こうした紙の製造は、タイだけでなくマレーシア、スリランカなど、象を大切にしている国々に広がっていきました。支援する人たちが世界中でその紙を販売し、売上げ金は保護センターへ寄付されています。
背景に目を向ける
環境保護や現地の生活を支援しようとするソシアルプロダクトの商品は、いま、どんどん広がりを見せています。しかし、ここで忘れてならないのは、さまざまな問題の背景にあるもの。紙の例で言えば、象が生きられなくなった原因である森林破壊や密猟そのものに目を向け、それをなくしていくことを考えなければなりません。先進諸国が発展途上国を応援しようとするとき、現地の人の貧困を救うという視点だけに目を向けがちですが、その国や地方の本当の課題はなにかということを、もっと理解していく必要があるでしょう。
象のあとをついて、ありがたく糞を拾っている人間の姿を想像してみてください。ものを売ることによって、象の生きる場所をつくり、そして象と人間の関係をもう一度つくり直していく。さらには、森林破壊を食い止め、象がまた安全に暮らしていける森を再生することを目指しているのです。
環境に貢献するプロダクトやフェアートレードの商品は多くありますが、その地域の人々が抱えている根本的な問題解決に寄与できるような、ものづくりや仕組みを考えたいものです。
象の糞からつくった紙は、いま、全世界に広がっています。この製品によって、いまや、象の糞は紙をつくる大切な資源になりました。
ソシアルプロダクトへの試みは、現地の人々と交流を持ちながら、深く考えていきたいものです。
象の糞の紙は、2010年10月に無印良品有楽町の ATELIER MUJI でおこなった「世界を変えるデザイン展2」で展示されました。