くらしを紡ぐ
長雨や台風の影響で、この秋は野菜の高騰がつづきました。「ほうれん草は高いからモヤシで代用します」「生野菜が食べたいけど、冷凍野菜で我慢します」──ある日のニュースで流れていた、買い物客の言葉です。でも、代わりに買えるものもなかった時代、人々はどんな思いで、どんな工夫をして暮らしていたのでしょう?
あの時代のこと
平成18年から22年、「漫画アクション」という雑誌に、こうの史代さんの作品『この世界の片隅に』が連載されました。物語の時代は、昭和18年から22年。広島から22㎞離れた軍港、呉の街へ嫁いだ主人公のすずさんが、戦火にさらされて大切なものを失いながらも、ていねいに日々の生活を紡いでいく様子が描かれています。その姿は連載当時から共感を呼び、映画化にあたっては、多くの人が「観たい映画」として支持。クラウドファンディングで3,374名のサポーターから3,900万円以上の制作資金を集めたことでも話題を呼びました。
すずさんちの食卓
18歳のすずさんが結婚生活をはじめたのは、戦時下で食べものが不足し、配給制へ進んだ頃のことです。配給される食料だけでは足りないので、「晩のおかずにしようと思うて」野草を摘むこともしばしば。タンポポは苦い、スギナは筋っぽい、ハコベは甘い、カタバミは酸っぱい
すずさんは、隣り組みのベテラン主婦に教わりながら、野草の特徴や料理法を会得していきます。
スミレの葉は、みそ味の煮汁でひと煮立ちさせて、お弁当のおかずに。スギナは、軽くゆでて水に晒して刻み、蒸したさつま芋や小麦粉と一緒につき混ぜて平たい饅頭に。ハコベはざく切りにして、じゃが芋入りのお粥の中に。タンポポの根は千切りに、葉はざく切りにして、うの花(おから)煮の具材に。カタバミは大根の塩もみに混ぜて...満腹感を得るための増量材としてだけでなく、野草がビタミン補給や彩りとしても使われていたことがわかります。
工夫を楽しむ
すずさんの工夫は、食材だけにとどまりません。「節米しても燃料を無駄遣いではつまらない」と、「火なしこんろ(木箱に古新聞やモミガラを入れ、その上に炊きかけの釜を置いて保温調理するもの)」を使ってのエコクッキング。
そして、落葉の燃えさしをうどんのゆで汁で固めて干して炭団(たどん)の代用品を作ったり、着物を裁断して上着とモンペに仕立て直したり、モンペのポケットをほどいて巾着袋に作り直したり、はたまた米軍機からばら撒かれた爆撃予告や降伏を呼びかける宣伝ビラを揉んでトイレの落とし紙にしたり
「何でも使うて暮らし続けにゃならんのですけえ、うちらは」というすずさんの言葉に、あの時代を生きた人々の覚悟と、そしてそんな中でも決して日々のことをおろそかにしない美学のようなものを感じます。
小さなしあわせ
こうした工夫に悲壮感が漂わないのは、すずさんという主人公のおおらかな性格にもよるのでしょうか。「たんぽぽ、にが~
」と言いながらも「苦いが栄養なんじゃろう」と、どこか愉し気に食事をする家族。梅干しの種と水で煮たイワシの干物を「イワシの尾頭付き」と見立てていただく様子は、小さなしあわせに満たされていて、気持ちの上では豊かな食卓だったことがうかがえます。
空襲で焼け出された近所の人が、「床下へしもうとった芋がええ具合に焼けてのう」と言いながら「温いうちに食べ」と差し出す場面もありました。家が焼けたという状況下で、焼きたて(?)の芋を分かち合う!その芋の温もりは、その場にいた人たちの心をどんなに温めたことでしょう。
日常を積み重ねる
小さなことに喜びを見出しながら、日々を重ねていく。そんなすずさんたちの暮らしを、戦中戦後の何もない時代だったから、と片づけることは簡単です。
でも、あたりまえのように続くと思っていた日常が、ある日突然、断ち切られてしまうこともある。そんな現実を、私たちは阪神淡路大震災や東日本大震災で、熊本や鳥取の地震で、そしてこのところ頻発する台風や豪雨などの災害で、身に染みて体験してきました。3.11の直後には、東京などの都市部でもスーパーやコンビニの棚から食料が消えたのは、まだ記憶に新しいことです。
こうした体験を風化させないために、「もしもに備える」ことはもちろん大切ですが、ふだんの生活のひとコマひとコマをもっとていねいに味わいながら生きていくことも大切ではないでしょうか。
モノがあふれ、お金さえ出せば何でも手に入る現代の私たち。一見、恵まれているように思えますが、そのせいで、本当に必要なものとそうでないものの見分けがつかなくなっているような気もします。戦中戦後の苦しかった時代に、普通の人々がどのように生きたかということに思いを馳せてみることで、本当に必要なもの、大切なものが見えてくるのかもしれません。
みなさんにとって、本当に大切なものは何ですか?
『この世界の片隅に』
主演:のん/監督:片渕須直/原作:こうの史代/音楽:コトリンゴ
11月12日(土)よりテアトル新宿他全国ロードショー
[HP] この世界の片隅に
無印良品 広島パルコでは、映画『この世界の片隅に』のパネル展示と映画の監督 片渕 須直氏によるトークイベントを開催いたします。
詳細は下記イベントページよりご確認ください。
[イベントページ]
無印良品 広島パルコ「11月12日公開の映画『この世界の片隅に』監督 片渕須直氏によるトークイベント」