風呂をつくろう
いつも休日は十時に起きる人が、今日は五時に起きてなにやら作業をしている。そして、メモを片手に山積みの荷物や蒔束をチェックしている。"お手製露天風呂"が今回のキャンプの目的ということで準備に余念が無いのだ。去年の秋口の私である。
ある日、私はポータブル風呂についてぼんやり考えていた。山奥の川原や星降る草原の真ん中で風呂に入れたらどんなにかステキだろう。お湯と浴槽さえあれば風呂は出来るんじゃないか。風呂を作ってみたい!と。
湯をどのように沸かし、どのように保温するかという問題は私にとって最大の問題であった。湯沸しにはいくつかトラウマがあったからだ。真冬の河川敷で大きな寸胴鍋を使ってスープを作った時は、周りの寒さと寸胴鍋の形状で熱がうまく伝わらず、終盤まで寸胴の中はグツグツいわなかった。後日、懲りずに足湯キャンプをした時は、キャンプ用バーナーとコッヘルを使い、継ぎ足し方式で湯沸しをした。そうすると継ぎ足し用のお湯が沸く間に浸かってる湯が冷めてしまい、体は温まらなかった。どちらも苦い思い出だ。大人数でお湯のバケツリレーも考えたが足湯の二の舞になりそうだし骨が折れる。楽しむために努力は惜しまないが、外では寛いでいたいのも本音。となると行き着くところはドラム缶風呂なのだが、東京のマンションでドラム缶など置いておく場所などあるはずもなく。
途方に暮れていたある時、ボイラーの効率の良さに気がついた。小さい箱の中ですぐ熱湯を作り出すボイラーは、腸のように折れ曲がった細い管の中に水を通し、火にかかる表面積を増やすというメカニズムだ。そう、これを作れば良いのだ!さらに水を循環させれば追い炊きのように保温効果があり、離れた場所でも湯沸しが出来る。簡易ボイラーの中をお湯が循環すれば浴槽の湯が冷めることはないだろう。ステンレス管をぐねぐねとカーブさせ、片方には湯船のお湯を洗濯槽に移す市販のポンプを取り付けて管の中に水を送りこむ。そして、ステンレス管を焚き火で熱すれば簡易ボイラーの完成だ。浴槽は、直火ではないので素材を選ばない。人が入れるサイズの箱を準備するか、防水シートで浴槽を作るか、と思っていたらキャンプ道具を仕舞っているデカい箱がぴったりサイズ。浴槽も決まった。自分の完璧な構想に居ても経ってもいられなくなり、さっそく資材屋で長いステンレス管を入手した。
外で風呂を沸かしたいというヒラメキから半年、ついにポータブル風呂システムを山奥の清流の横に設置する日がやってきた。浴槽には横を流れる澄んだ川の水を張り、火を起こす。焚き火を育てながら簡易ボイラーを投下。すると、火が大きくなるにつれボイラーの出口からは湯が出てくるではないか。予想以上の熱湯である。二十分後、適温の風呂が完成した。一回沸かせばその後もボイラーと焚き火の距離で温度調整出来る事もわかった。かくして、ポータブル風呂システムは成功したのだ。今後改良をしたい点といえばポンプ用電源であるが、こちらも既に秘策を思いついている。
あのお湯が出たときの嬉しさは忘れられない。「山奥+風呂+ビール」という黄金の組合せが手に入るとわかった瞬間の友人のにやけ顔も忘れられない。間違いなく一番にやけていたのは私だと思うが。山の木々の間から見える星と月。そしてプライベートな風呂。この夜、僕らは人生で最高に気持ちがいい露天風呂を経験してしまった。