自然は最高のオーケストラ。
子供の頃から音という音に夢中だった。
両耳に人指し指を突っ込むと聞こえてくる「ボォボォー」という自分の血液の流れる低い音。料理をする、布団を叩くなどの生活から聞こえてくる音。葉から流れ落ちる雫、ざわざわと風によって歌う森、雷の轟など、自然から聞こえてくる音。今振り返るとそういう周りの全ての音をいつも探しているような、正直少し変な子供だったように思う。
そんな音に夢中だった少年が大人になり、スリットドラムという打楽器に一目惚れならぬ、一聴き惚れをしたのは2010年。木製の箱にスリットを入れた音階のある打楽器で、木琴のようななんとも言えない温かみのある音色を持つ楽器だ。木でできている楽器だから梅雨時期は湿気を吸って音が歪む。カラッとした日は機嫌がいい。そんな生き物のような楽器だからこそ愛おしい。
この相棒と共に、時々僕は早朝、森に入る。山登りのためではない。森の深いところに踏み入るため、誰もいない。僕とスリットドラム。喧騒した都会では感じられない、ゆっくりと流れる時間がそこにある。
寝転ぶと、葉と葉がそよ風に揺られ変化する色の移ろいや木漏れ日が美しく、1日ずっと居ても飽きない。音探しをしていた子供の頃を思い出す。この感覚をひとしきり楽しんだ後、耳を澄ます。微かに聞こえる音に傾聴すると、そこには自然のオーケストラの演奏が広がっている。その演奏に僕とスリットドラムで少しずつ参加していく。
最初は自分が「演奏」していることが気持ちいい、ととてもエゴイスティックな捉え方をしていたが、のちにこれがまるっきり傲慢な考えだった事に気付かされる。演奏したつもりでいたけれど、僕の音が終わっても、自然がありのまま流れている。川の音、鳥の鳴き声、風の音がありのまま、自然体ではなく、自然そのもの。自然そのものがつくるオーケストラだった。正直にいうとこれは自分だけの秘密にしたい、僕だけの贅沢のひとつだ。