丘を越えて
山々の連なりが赤に黄色に色づき、空は青く澄み渡る。
こんな日には、ちょっと足をのばして
ちょっと遠くまで出かけてみたくなりませんか?
自分の身体をエンジンに、二本の足を動力に、
ペダルをこいで、野山を上ったり下ったり。
それは、硬質な街を駆け抜けるのとはまったく違った、
マウンテンバイクで自然の中を駆け回る楽しみです。
そこで今回、外あそびのツウを先頭に、
都会に暮らす男子ふたり、
リュックにはおいしいコーヒーを淹れる道具を詰め込んで、
自転車の小さな旅に出発しました。
丘を越えて野を越えて、連なる山々の向こうを目指して!
丘を越え、山を駆け
子どもにかえる日
走った人/松島大介・加藤健宏
自転車で山を走って、初めて分かったことがある。それは、上り坂も下り坂も、デコボコな地面や道を覆う枯れ葉だって、山のすべてが僕らを楽しませてくれる最高のアトラクションだということ。
二人で一緒に山に来たのは、どれくらいぶりだろう。僕らは二人ともキャンプ好きだが、一緒にコーヒーショップを営むようになってからは、ゆっくり山に来ることはなかった。今回は久々に、男同士でのんびり山あそび......と思ったものの、やっぱりそれでは面白くない。せっかくだから、何かやったことのないことをやってみよう! とキャンプ場の「マルさん」こと丸山さんに案内してもらって、マウンテンバイクで山を走ってみることにした。
自転車なら毎日通勤で乗っているけれど、軽やかに山の中をサイクリングなんて気持ちよさそうだ、なんて、最初はかるーい気持ちで、ひょいとサドルにまたがった。マルさんに先導してもらいながら、目指すはひと山越えたところにある温泉。極上の気持ちよさのためにひと汗かくのは、嫌いじゃない。途中で見晴らしがいいポイントがあるとマルさんに聞いて、コーヒーのドリップセットと水もザックに忍ばせた。
子ども心を思い出した懐かしの匂い
走り出してしばらくはゆるやかに長い上り坂が続く。紅葉がきれいなのは視界の端の方でなんとなく感じているのだけど、それを楽しむ余裕はぶっちゃけ、ない。「途中からは、ほぼ下りだから」というマルさんの言葉を「人参」代わりに、汗だくでひたすらにペダルを漕いでゆく。そして、やっと長い上りが終わり林道に入ると、一面が枯れ葉の絨毯。タイヤで踏む度に、カサカサと乾いた音がする。そして、ふっと力が抜けた時、なんとも言えない懐かしさに包まれた。あ、この匂い。風に混じってほのかに香ったのは、土の匂い、木の匂い、落ち葉の匂い。走る度に、スピードによって、場所によって、少しずつ変化し、独特にブレンドされていく「秋の匂い」だ。都会では出会うことができないから忘れていたけれど、その匂いは、子どもの頃に当たり前に感じていたもの。懐かしい匂いは、瞬間的にその頃にタイムスリップさせてくれる。
そんなふうに山のせいにして、すっかり子ども気分になってしまった僕ら。大の大人が夢中になって山を駆け、競争なんかしたりして、道の中でも平たんな場所より、できるだけデコボコしている場所を好んで走った。意味もなくウィリーの真似事をしたり、自転車ごとジャンプしてみたり、無茶なことをしてはお互いを讃えあったりもした。傾斜のきついラフな下り坂が来ると、「うわー無理だよー!」とか口では言いながら、それは「やったー楽しみー!」の意味が隠れていて、傾斜と重力に身をまかせ、ハンドルと体重をコントロールしてバランスをとる。風を切ってスピーディーに山を下っていくスリルは、最高の遊びだった。
そういえば子どもの頃は、単に道を走っているだけでも、段差を越えるだけでも、楽しくて仕方がなかったし、自転車で階段を下るなんて無茶なことに挑戦してみたりした。最近じゃ自転車は都会での移動の手段でしかないけれど、昔は自転車という乗り物ひとつでとことん遊びつくしていたことを思い出した。
シチュエーションがあってこそ「美味しさ」になる
大人になってから、こんなに無邪気に遊んだことがあったかなぁ。マルさんが案内してくれたとっておきの休憩ポイントで鮮やかすぎる紅葉を眺め、ゆっくりとコーヒーを淹れながら、そんなことを考えていた。
コーヒーの美味しさは、豆やドリップの手法だけではない。どこで飲むのか、どんな器で飲むのか、誰と飲むのか......。そのシチュエーションのすべてを包み込んで、一杯の美味しさになるのだと思っている。
今回のマウンテンバイクも同じだと思った。自転車で山を走った面白さだけでなく、秋の景色や匂いを共有できたこと、同じ空気を吸いながらコーヒーでほっと一息ついたこと、そのすべてが、今回の外あそびの「味わい」だ。
「今度は、お店のメンバー全員とこの楽しさを味わいたい。だから、またここに来よう」
二人でそんなことを話していると、マルさんが「コーヒーごちそうさまでした! よし、そろそろ行きましょうか!」とコーヒーを飲み終えて立ち上がった。そして僕らは再び、ワクワクしながらペダルを踏みこんだ。
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