特集 | 2022 SUMMER
じっと見ればそこにいる

生き物と出会う

あそんだ人○井上元太&ゆかり、高橋勇伍

カエルの姿を最後に見たのはいつだろう?
ヘビやトカゲは?
時々飛んでくるチョウやカナブンはどこで眠るんだろう。
彼らは街の隙間に息を潜めて生きているのだろうか。
しかし森や野原に足を踏み入れれば、
そこは彼らの王国だ。堂々とその姿を現す。
生い茂る植物にまぎれて初めは見にくいが、
じっと見つめているとその姿が浮かび上がってくる。
見えてくると、森の中は賑やかになってくる。
木の上にも、足元にも、小川の土手にも。
そっと捕まえてその色や模様を観察すれば、
自然が生み出したその造形に驚嘆する。
美しくて、かわいくて、かっこいい。
ようこそ、生き物たちの王国へ。

〝虫ハカセ〟と一緒に虫探しの冒険へ

夏のある日、東京都内で暮らす井上元太さん・ゆかりちゃん親子が山にやってきた。手には虫捕り網と観察ケース、首から虫めがねをさげて。リュックに虫捕り網姿で出迎えてくれたのは、虫ハカセこと高橋勇伍さん。普段から虫が大好きなゆかりちゃんと、そんなに虫好きではないお父さんの元太さんは、虫ハカセと一緒に山を歩き、いろいろな虫と出会おう!というわけだ。

虫ハカセに聞けば、たくさんの種類の虫と出会えるのは標高1,000メートル未満の場所。そういう意味で、今回の探索地(新潟県津南町)は虫探しにベストだそう。なるほどあたりをちょっと見渡すだけで、バッタやコオロギが飛び交い、いろいろなチョウやトンボが舞い、セミやヒグラシの声に混じってカエルの声も響いている。「クワガタとカブトムシを見つけたい!」とゆかりちゃんは気合十分。
暑くなる前に、さぁ、出発だ!

草むらや水辺の生き物に目を凝らす

普段から虫を捕まえているというゆかりちゃんは、出発直後から、「あ、みっけ!」と何かを見つけ、慣れた手つきでサッと素早く虫捕り網を振り下ろす。網の中には小さくてかわいらしいシジミチョウや真っ黒いきれいな羽のホタルガなど。一方、虫ハカセはカマキリにふわりと手のひらをかぶせて優しく捕まえる。そっと手渡すとゆかりちゃん「わぁ、かわいい!」と目を輝かせた。

池の端で「なんだろう?」と、ゆかりちゃんがすかさず網にとらえたのは細いアイスブルーのトンボ。元太さんが接写レンズをつけたスマホで撮影していると、ハカセもやってきて「アオイトトンボじゃないかな?」と教えてくれた。
大迫力のオニヤンマも目にするが、動きが素早くなかなか捕まえることができない。「オニヤンマは自分の縄張りをパトロールしているので、一度逃しても同じ場所で待っていれば、またやってきますよ」と虫ハカセからのアドバイスをもらって、ゆかりちゃんはじっと狙う。

とその隙に、「あれ!?」と巧みな虫網さばきで捕獲したのはトカゲの仲間のニホンカナヘビ。褐色の背中に黄色いお腹、まん丸の黒い目。ゆかりちゃんはそっとその背中をなでながら、「ぷにぷにしてきもちいい~!」とご満悦。

その名前に生き物たちの生き方が表れる!?

山の麓の森の中に入っていきながら、「葉の上や木の幹をよーく見てね」と虫ハカセ。目を凝らすと、葉の上や木の幹にシマシマ模様のヨツスジハナカミキリや、丸い体に細く長い首が特徴的なクビナガチョッキリ、鮮やかな模様はカメムシの一種だそう。どの虫たちも鮮やかで個性的な姿かたちをしていることに気がつく。

元太さんが「これなんだろう?」と葉かげの茎に泡が付いたものを見つけた。虫ハカセはちらりと見て「アワフキムシのおうちですね」と教えてくれる。幼虫がこの泡の中で植物の養分を吸って成長するんだそうだ。虫の名前は、見た目や習性が反映されていて興味深い。「これなに?クワガタ!?」と木の根元にいた虫を捕まえてゆかりちゃんが訊ねると、「それは、木の周りにたくさんいるキマワリだよ」と虫ハカセ。「クワガタ!? と思ってよく見ると違うからガッカリさせられる」んだそうだ。

キマワリに騙された後、ハカセがオスのクワガタを見つけた。それをみてゆかりちゃんがふと何かを思いついたようで、質問が。
「ハカセ、クワガタに毛はありますか?」
「あるかどうか、確かめてみよう!金色に見えるところを触ってごらん?」と虫ハカセ。触ってみると......
「あ!ふさふさしてる!」
「これは毛のあるミヤマクワガタ。毛があるのとないのとがいるから、種類を判別するためにも確認するんだよ」
思いがけない質問から、まわりの大人も勉強になりました......!

絵に描いて、あらためて生き物の個性に感心する

森から戻ってお昼ごはんを食べた後、夕暮れを待ちながら親子でスケッチブックに向かった。ケースの中を観察したり、スマートフォンで撮った写真を見直したり、捕まえた時のことを思い出したり。真剣な表情で黙々と筆を進める。

ゆかりちゃんは、お目当てだったクワガタをまず描いてから、すっかりお気に入りになったカナヘビの様子をスケッチ。元太さんは、写真などをよく見ながらクワガタやトンボを緻密にデッサン。「こうして改めて見てみると、羽の模様の美しさや造形のおもしろさに感動する」と、思わず虫に魅入られてしまった元太さんだった。

スケッチさせてもらったあと、観察ケースの生き物たちを森に返す。また会えますように!

夜にしか出会えない、虫や生き物に会いにゆく

日が暮れると、カエルの鳴き声は一層にぎやか。「夜には昼間と一味違う生き物との出会いがあるよ」とハカセの案内で、ナイトツアーへ出かけた。灯りがなければ何も見えない真っ暗な森の中。懐中電灯が照らした光の輪の中に、生き物を探す。狙いはモリアオガエルだ。

「あの辺りにいる!だって声がしたもん!」とゆかりちゃん。周りが見えにくいからこそ、音も大事な情報源だ。
モリアオガエルは木の上にいる、ということで目線より少し上の木の枝を照らしながら探していると、「いたよ!」の声。最初は枝と葉っぱしか見えなかったが、目を凝らしていると......見えた!枝のくぼみにちょこんと収まっていたモリアオガエルは、美しいエメラルドグリーンの体。くりくりした目とピンクの丸い指先がなんともチャーミングだ。

森の中を流れる小川付近では、上空にいくつかの小さな光が付いたり消えたりして漂う。蛍だ。「へえ」とあっさり気味の反応のゆかりちゃんに対し、「蛍を見たの、人生で初めてです!」とむしろ元太さんが興奮気味。「蛍がいるということは、この辺りは水がきれいだということだよね」というハカセの何気ない一言に、自然環境と生き物との深い関係を改めて感じた。

父と娘、そしてハカセの三人が生き物探索ツアーを振り返る

ハカセ:実は、今回一緒に虫探しをするのが女の子だと聞いていたので、始めちょっとだけ心配だったんですけど、ゆかりちゃんが虫好きで安心しました。虫探し、楽しかったかな?

ゆかり:カブトムシは見つけられなかったけど、大きなクワガタやカナヘビがいたり、家の周りでは見つけられない生き物に会えてうれしかった!夜の森で見たモリアオガエルもかわいかったなぁ。

元太:虫は見れば見るほど、それぞれ構造もデザインも全然ちがって、造形物としてすごいなぁ、と感心しました。

ハカセ:まさにひとつ一つ形が違うのが、虫の最大の魅力だと思います。同じ種類でも個体ごとに形が異なりますしね。人気のクワガタもあらためて見ると、やっぱりかっこいいですよね。

ゆかり:私はメスのクワガタが好き!メスの方がやさしそうだし、「エサちょうだい」って感じで近づいてくるのがかわいいから。

ハカセ:僕はツノがくの字に曲がったノコギリクワガタのオスが好きだけど、確かにメスにも良さがあるよね。

元太:ハカセは、さすが虫を見つけるのが早いですね。どうやって見つけるんですか?

ハカセ:僕は、違和感を探している感じです。葉っぱや幹って普通こうだよねっていう認識のもとで目を凝らすと、一枚だけ葉っぱが揺れたり、幹の一部が変に突起していたり。そういう不自然なところを見てみると、虫が隠れているんです。ゆかりちゃんも、上手に虫を見つけていましたね。

ゆかり:虫は、「見える」んだよ!

ハカセ:見つけるんじゃなくて、「見える」のか!すごいな!昼間は明るくて全部見えちゃうから逆に見つけにくいけど、夜の森では灯りのおかげで視線が集中するから見つけやすいですよね。ゆかりちゃんには、昼間もそんなサーチライトが搭載されているんでしょうね。

元太:一度見つけられると、その後はぐっと見えるようになる感覚が不思議でした。気付くと森の中は虫だらけで、人よりも虫の方が遥かに多いんだなぁって思えて。東京に戻っても、しばらくは虫に動じずに過ごせそうです(笑)。

ゆかり:カナヘビ、おうちに連れて帰りたかったなぁ。

ハカセ:また、カナヘビや虫たちに会いに遊びにおいで!

いのうえげんた(右)|1978年東京都生まれ。グラフィックデザイナー。仕事のリフレッシュには、公園でスケートボードに乗ったりギターを爪弾いたり。家にいる小さな蜘蛛が気になっている。いのうえゆかり(中)|2014年東京都生まれ。小学2年生。春は虫観察、夏はプール、秋は松ぼっくりやどんぐりで工作、冬は雪合戦が趣味。物心ついた頃から、猫や虫など生き物が好き。たかはしゆうご(左)|1999年千葉県生まれ。無印良品カンパーニャ嬬恋キャンプ場スタッフ。虫好き歴は18年で、今一番気になっている虫はムカデ。ドライブも好き。

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