開店前―「マッシュルームとわれ椎茸」
「生のマッシュルームは丸いのに、なぜ缶詰では端の部分がないの?」西友の商品開発のためにお願いした主婦のモニター会議で、そんな声があがった。
調べてみると、見た目を揃えるために10%も切り落としていた。両端の部分が入ったからといって味や栄養には関係なく、むしろ、選別の手間がかかる分だけコストは高くなる。しかし、当時の商品の規格としてはそれが常識で、メーカーも販売者も誰も疑問に思っていなかった。
同様に「椎茸」も、形を整えたり割れたものを省いたりすることで、割高になっていた。
こうした既存商品への素朴な疑問をきっかけに、青山が開店する2年半前の1980年12月、「無印良品」は生まれた。
大量生産・大量販売によってコストを下げるのではなく、無駄を省くことで下げる。
基本品質を落とさずに、構造的に廉価が実現できないか?
そこに照準を合わせて知恵を絞り、「素材」「工程」「包装」の3つの見直しから、商品開発が進められた。
一方デザインに対する疑問もあった。シンプルで良いデザインほど価格が高い。一般品はカラーと柄が氾濫しており、寝具や調理器具の売り場などは、その色柄から「お花畑」と言われていた。
お客様にとって、シンプルなデザインやカラーの方が、合わせやすいし個性も発揮できるのではないか?モノの無駄を省いていく過程で、必然的に、シンプルで素材感のあるデザインの商品が生まれていった。
マスコミからは「イビツ、ざらざら、ごつごつ商品」「途中下車商品」「仕掛り(しかかり)品」などと呼ばれたが、その新しい表情と考え方は、驚きをもって、しかし好意的に受け入れられた。
こうして1980年、食品31、家庭用品9の計40アイテムが発売された。「われ椎茸」は無印の考えをわかりやすく伝えて、代表的なヒット商品となった。また、同時に発売した「黒糖かりんとう」も人気を博し、期間限定ながら今でも販売されている。
青山は、これらの商品を中心に商品構成が考えられていった。