火を囲んで暮らす
南米のチリ共和国といえば、細長い国。
多くの人がそう思い浮かべるように、僕のはじめのイメージもまさにその細長い国でした。
南北に4000km以上に伸びる長い海岸線は海産物の宝庫として広く知れ渡っています。
北部の高地地帯は乾燥した砂漠地帯になっていて、
周辺にはこの国の経済を支える銅山が拓かれています。
中部地方、首都サンティアゴ周辺の中央峡谷沿いに広がる豊かな土壌はワインの生産に最適。
南に歩みを進めると、見事なシルエットの火山と美しい湖が点在する湖水地方が広がっています。
そうそう、太平洋の絶海に浮かぶ神秘の島イースター島も忘れちゃいけないですね。
実際に自転車でこの国を走ってみると
『細長い国』だけでは一緒くたに出来ない多様な暮らしや文化がこの国にはあります。
湖水地方からさらに南へ。
南緯37°以南のアルゼンチン側も含むこの地域を『パタゴニア』と言います。
手付かずの大自然と氷河が広がる世界は、世界中のアウトドアズマンの憧れの地。
氷河の侵食によって形成された三本の塔『トーレス・デル・パイネ』はこの地方のシンボルマーク。
この地方では牧畜業が主産業です。
辺りにはエスタンシアと呼ばれる大牧場が、広大な土地に点在し、
冷涼な気候の下、生育されるウールは保温性に優れ、主にヨーロッパに輸出されています。
チリとアルゼンチンの長く接する国境を隔てているものの正体はアンデス山脈です。
そのアンデス山脈が同じパタゴニア地方にあってもチリ側とアルゼンチン側で全く異なる気候を演出しています。
強い偏西風に運ばれた雲はアンデス山脈にぶつかり、チリ側パタゴニアに雨を落とし、
雨を蓄えた大地は鬱蒼とした森を育み、エメラルドグリーンの湖を讃えます。
一方のアルゼンチン側は遮るものの何もない褐色の大地が延々と広がっています。
自転車で走っていると、三日間街がなかったなんてこともありました。
遮るもののない荒野に吹きすさぶ爆風はここがパタゴニアということを強く実感させます。
遠くではガウチョと呼ばれるカウボーイが馬に乗って羊追いをしている姿も。
一口にパタゴニアと言ってもチリ側とアルゼンチン側では随分気候が違うのです。
そんなチリ側パタゴニアの暮らしの中心はなんと言っても薪ストーブ。
パタゴニアに暮らす男たちの一日は薪の調達から始まるといっても過言ではありません。
部屋の中心に据えられたストーブから、パチパチと頼もしく薪が爆ぜる音が聞こえてきます。
熱せられた天板を使って料理をし、空間を暖め、洗濯物を乾かす
。
暮らしの中心に薪ストーブが存在するのです。
ストーブを囲んで「寒いね」と言葉を交わすだけで、その空間に温もりが生まれるような気もします。
人間の暮らしを、他の動物達から一歩進んだ方向へと導いた「火」の使用は、
高度化する近代生活の中で今度は次第に遠ざけられていっています。
エアコンが部屋を暖め、最近では炎を使わずに調理だって出来てしまう世の中。
けれど、火のもつ何だか不思議な魔力は、現代文明でも再現することは出来ません。
じんわりと空気を伝って染み入ってくる熱は、極上の安心感をもたらします。
メラメラと揺らぐ炎を眺めていると、無窮の時が流れていくような気がします。
チリ側パタゴニアの雨は冷たく長く降ります。
(僕が滞在していた頃は1ヶ月雨を見ない日はありませんでした)
そんな気候だからこそ、薪ストーブを囲む暮らしが形成されていったのではないでしょうか。
気がつけば、随分と長い時間うたた寝をしていた様です。