ステンドグラスの秘密
シエスタと呼ばれるスペイン特有の長いお昼休みが終わり、
人々がソロソロと街へ繰り出し始める夕暮れ時、
大聖堂に散りばめられたステンドグラスは強い西日を浴びて、まばゆく輝きます。
ここはスペイン北部カスティーリャ・イ・レオン州のレオンの街。
主産物の銀にちなみ、銀の道と呼ばれる南北スペインを結ぶローマ時代の交易路と
キリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへ続く巡礼路が交わる場所が、
ここレオン。
そんな地理的要件もあり古くから交通の要所として栄えた街の中央には、
この街のシンボルとも言える大聖堂が堂々と鎮座しています。
この大聖堂が他の街の大聖堂と一線を画すのが、壁いっぱいのステンドグラス群。
鮮やかな色使いと凝った装飾は
完成から五百年以上経った今も変わらず私たちの心を惹きつけます。
でもガラスってご存知のように非常に繊細で、
何か力が加わると簡単に割れてしまいますよね。
空間を満たすステンドグラスはどのようにして据えられたのでしょうか。
そこには建築技術の進歩による一つの秘密がありました。
大聖堂の主廊を挟んで両翼に設けられた側塔上部。
ここにフライング・バットレスと呼ばれるアーチがいくつも架けられています。
実はこのアーチがステンドグラス群を支える縁の下の力持ち。
かつて建築技術が未発達だった頃の教会というものは、
強度を出すために重く分厚い石材で作られていました。
石材を積み上げて組まれた天井は、外に向かって崩れようとする力が働いてしまうため
大きく高い建築物は作ることができませんでした。
教会は神と謁見する場所であり、その神に近づくためには、
より大きく高い教会が必要と当時の人々は考え、そして願いました。
そこで考案されたのが、フライング・バットレスによるアーチ状の外付け梁です。
フライング・バットレスは主廊に生じる外向きの力を、
翼廊がアーチを通じて、ちょうど『ハ』の字のように支え、
受け止めることを可能にしました。
重い石材でなくても強度を保つことが出来るようになり、
その結果、石材はより薄く軽い切り出しを実現し、天井はより高く、
また、建築物の垂直にかかる力も軽減されたことで
壁のステンドガラスによる装飾を可能にしたのです。
文字の読めない人たちへ聖書の内容を描いたステンドグラスは、
その本質的な役割とともに見るもの全てへポジティブな感情を
もたらしてくれる気がします。
昔は今よりもずっと、キリストが唯一無二の心の拠り所であったでしょうから
人々は鮮やかな色彩のステンドグラスに計り知れない希望を見出したことでしょう。
レオン大聖堂のステンドグラスはスペインはもとよりヨーロッパにおいても
1、2を争う面積と美しさを持ちますが、
それを特徴づけるのは南北西に設けられたバラを象った3枚の窓です。
南は赤色、北は青色、西は黄色とそれぞれにテーマカラーが施されています。
それらが最も映えるのが冒頭の夕方であり、
神々しさをまとって窓からこぼれ落ちるのです。
サンティアゴへと続く巡礼路は、レオン以降、果てのない地平の続く大平原から、
いくつもの峠を越える厳しい山岳路へと変わっていきます。
スペイン、フランスの国境付近、ピレネー山脈を起点とする巡礼路は
レオンで半分を過ぎたあたり。
巡礼者たちはこの街の大聖堂を見て、『ここまでやってきた』と安堵するとともに
『さぁあと半分、頑張ろう』と新たな決意をするのではないでしょうか。
レオンの街は大聖堂を中心として放射状に繁華街が広がっています。
だから何か買い物に出かける時、あるいは夜にお酒を飲み歩くとき、
必ず二度、三度と大聖堂の前を通ることになります。
この街に住む人にとっても、大聖堂は日常の中に登場するランドマークなのです。
僕もレオン滞在中はたびたび大聖堂の前を行ったり来たりしましたが、
その度に前向きな決意が湧いたものでした。
大聖堂を支えるフライング・バットレスは
より高く、大きくという人間の根源的な願望に応える形で考えられましたが
それは建物の物質的な支えになるばかりか、
人々の精神的な支えにも一役買っているような気もしてきますね。
ちょっとだけ上手いこと言ったつもりです(笑)