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BARでなくBAR

2013年08月28日

「BARでなくBAR」ってなんだかややこしいタイトルですね。
これは、「バーでなくバル」と読んでみてください。

BARはスペイン語読みでバルと読みます。
簡単に訳せば英語と同じ酒場ということになるのでしょうけれど、
スペイン各地のバルに足繁く通っているうちに、
酒場とはまた少し違った
バルのディティールがあるように感じました。

バルは田舎の小さな街にも必ず1軒はあり、朝は早い所で7時ぐらいから、
夜も遅くまで営業しています。

街全体がゴーストタウンのように静まり返る週末でも
ふらりとバルを覗いてみると、
街の人はここに隠れていたのかと思ってしまうほど
店内には人がたくさん集まっています。

バルはシエスタに代表されるように
休むことに情熱を注ぐスペインでは稀有な存在です。

バルでの過ごし方は自由です。
一人でも、誰かと行ってもいいですし、
アルコールが苦手だからって疎遠になる必要はありません。

朝だったらスペイン風オムレツのトルティージャとコーヒーを頼むもよし、
午後に小腹が空いたらボカディージョというサンドイッチを頼むのもよしです。

カウンターに肘を乗せて立って軽く一杯でも、
テーブルに座って落ち着いて食べる、どちらもバルの正しい過ごし方。

要は好きなものを頼んで、好きなスタイルで過ごせばいいのです。
そんな気軽さがバルを身近に感じさせてくれるポイントの一つ。

朝食を出す場だったり、昼下がりのお茶を喫する場だったりと
時間と共にその役割が変化するバルですが、
一番のバルの魅力が光るのはやはり夜です。

タパスと呼ばれる小皿料理は、種類に富み、
バルごとにサーブされるタパスはそれぞれに異なります。
だから、「あのお店はタコで、このお店はコロッケが」という具合に
それぞれのバルの看板タパスと一杯をやったら
さぁ次のお店へ、なんて飲み歩きが楽しいのです。

ここでちょっとだけ僕のお気に入りタパスを紹介します。

これは、ソパ・デ・トゥルーチャという鱒のスープと
モルシージャという血詰めのソーセージです。

スープは出汁がしっかり効いていて少しピリ辛。
雨が降る寒い夜のシチュエーションには一層おいしさが体に染み渡ります。
血詰めのモルシージャは、生臭さは一切無く、口に入れると
刺のない柔らかい風味が広がり、クセになる味です。

さて、ここまでバルについての説明と魅力を紹介してきましたが
ではなぜ、スペインにおいてバルは至るところに存在し、
常に開かれた場所であるのでしょうか。

それは飲食を介し、街の社交場としての機能を果たしているからだと考えます。

「井戸端会議」
という言葉が日本にはあります。
井戸のほとりで水を汲みに来た人たちがそのついでに
世間話をすることですが、
その話は天気の話だったり、うわさ話だったりと
内容自体に大きな意味はありません。
水を汲むというある種の名目をもとに、コミュニケーションをすることで
人と人との繋がりを確認しあうもののような気がします。

そんな昔の日本の井戸端にあたる場所がスペインではバルです。
何かを飲み食いするという名目を建てて、誰かに会いに行く、
そんなコミュニティ醸成をしていく場所がバルのように思います。

これはスペインではありませんが、
アメリカのシアトル発某コーヒーショップの創業者は
イタリアを訪ねた際にコーヒーカフェが街の社交場になっていることに
強い感銘を受け、そのスタイルをアメリカに持ち帰ったのが
世界的チェーンを展開するほどのヒットの始まり、と言われています。

恐らく世界中のどんな地域にも、井戸端だったりカフェだったりと
街のコミュニティ醸成の場が何らかのかたちであるのだと思います。
そういえば、中米諸国ではよくビリヤード場が人々の社交場になっていました。

共通していることは、老若男女問わず誰にでも開かれた場所であるということ。
オープンな空間で、食事だったり水汲みだったり
そうした行為を媒介として会話を重ねていきます。
それは必ずしも深い意味を持つ会話でなくともいいのです。
今日も暑いねとか、仕事はどう?とか何気ない言葉の積み重ねが
いつしか相手を知り、自分を知ってもらうきっかけになるのですから。

スペインにおける集いの場はバル、そんな風に感じたのでした。

ふらりと入った街角のバル。
「うちはワインとビールはたくさんあるけど、食べ物はキノコしかないんだよ」
というお店のカウンターには、いかにも頑固そうな親父が立っています。

「それじゃあキノコとビールを」と注文すると、
親父はグラスとキノコの載ったお皿をドンッと僕の前におきます。

一口食べると、ジュワッとキノコから熱々の汁があふれ、
オリーブオイルと絡んで、口の中が旨味で満たされていきます。
「Rico!!(うまい)」
そう言うと、僅かに親父の口元が緩んだのが見えました。

カウンターで隣あった席の男が
「どこから来たの?」と僕に話しかけ、そこから会話が始まります。
ひと通り話し終え、グラスのビールが空になる頃、
男は席を立ちさらりと去っていきます。
「Hasta luego(またね)」という言葉を残して。
明日にはこの街を出てしまうのに、
そんな風に言われると、
少しだけこの街の一員になったような気がするのでした。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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