地球大で走る
体がアイスクリームのように溶けてしまうかのような
強烈な日差しの南仏を抜け、
タイヤの刻む二条の轍は一路、ヨーロッパの屋根アルプス山脈へ。
ヨーロッパ最高峰モンブランの麓をかすめ、
アルプスの心臓部とも言えるスイスに入りました。
この頃になると気温こそ南仏と数℃程度しか変わりませんが、
背の高い木立が道の両脇に続き、
森の作る影がひんやりとした空気をそこに蓄えています。
森のトンネルの隣には雪解け水が轟々と流れる川があり、
目にも耳にも随分と涼しくなりました。
さて、ヨーロッパはまさに夏真っ盛り。
夜10時になってやっと落ちる夕日を眺めながら、
時にキャンプ場で、時にワイルドキャンプで、
太陽と寝食を共にする日々が続いています。
キャンプサイトから眺める氷河が削った凛としたシルエットの山の岩肌は
カナディアンロッキーにも似ていて、
ちょうど2年前の旅の始まりを思い起こさせるよう。
そう、僕のこの旅は2年前の6月、カナダのバンクーバーから始まりましたが、
その頃のカナダは長い冬が明けて、夏のシーズンを迎える直前のタイミング。
そこから南下を始め、夏のアメリカを抜けて、
乾季の中米を走り南米に入ったのでした。
雨季の中米は橋や道路が雨で寸断されることもあるので、
自転車にとって乾季のシーズンとは、重要なチョイス。
そうそう、乾季といえばボリビアのウユニ塩湖は、
自転車で走ることが出来るのは地面が固く締まったこのシーズンだけです。
冬でも温暖な中部南米を経て、
パタゴニア地方にたどり着いたのは2012年の12月。
南半球は、季節が北半球とは逆になるので、
パタゴニアの12月というのは、
さぁ、これから花々が色とりどりの花弁をつけて一斉に芽吹くぞ、
という絶好の時期なのです。
また、緯度が高くなるほどに、日照時間の恩恵は増大します。
これが逆だったら気温はいつまでたっても低く、
昇った日もあっという間に暮れてしまうでしょう。
太陽と季節の恵みを目一杯に受けて旅することが
自転車旅の面白さでもあるのです。
南半球も初秋に差し掛かる3月に
北半球のモロッコに入ったのも、このためです。
真夏のモロッコは時に50℃を超える灼熱の暑さになるので、
走るならこのぐらいの時期がベスト。
そのまま北上していくと、春爛漫のイベリア半島を旅し、
夏の到来を謳歌するアルプスを堪能することが出来るのです。
季節の移ろいを肌で感じつつ、
今後の進路はドイツ、オランダを経てイギリスへ。
イギリスからアフリカに飛ぶ予定です。
夏のアフリカを走りきった後は、再び来春のヨーロッパに戻り、
そこからユーラシア大陸を横断し日本を目指します。
広大なユーラシア大陸は、恐らく1年以上の期間を要するでしょう。
ここからは、これまでの南北の移動と違って、
主に西から東の移動になるので、
その間に当然ながら季節は巡っていきます。
しかし、この西から東へ向かう移動にも実は少し秘密があるのです。
それは風、なんです。
僕らを照らす太陽は何も日照時間や気温だけではなく、風も司っています。
太陽から地球が受ける熱の供給と、
地球が放射する熱との相関関係により発生した
気圧の不均一を解消しようとする空気の流れが風の正体です。
そして局地的には東西南北あらゆる方向から
吹いているかに思える風も、
大局的な視点で風の流れを見てみると、
地球の自転や引力など様々な力が働き、
実際にはある一定の流れで吹いています。
僕の予定するユーラシア大陸横断は、ヨーロッパからトルコへ抜け、
コーカサス諸国、中央アジアの国々を
巡って中国へ抜ける計画です。
これらはゴールである日本も含め、
概ね北緯30°~40°の緯度に位置する国々ですが、
これらの地域は比較的東向きの風が
吹きやすい緯度帯になっているのです。
風というものはかたちとしては見えない力ですが、
もたらす影響は絶大です。
これは極端な例ですが、
爆風で知られるパタゴニアで完璧な追い風に乗った時のこと。
自転車はペダルをほとんど漕いでいないにも
関わらず約40kmで進んでいきます。
(それも路面は未舗装にも関わらず、です)
まるでこの世の支配者になったかのような気分で
荒野を激走していたのも、つかの間、
交差点で進路を変えた途端に全く進まなくなり、
今度は1km進むために1時間近くかかったことがありました。
地球を這うようにして走る自転車は風を味方につけるか敵に回すかで、
その移動スピードは大きく変わってくるのです。
出来るだけ風を味方につける走り方を計画することも、
自転車で旅するコツの一つ。
地球とは様々な力の支えあいによって、
複雑なメカニズムを持つ星です。
しかし、一見すると難解なメカニズムも
実は昔から僕達が利用してきた自然の仕組みです。
遊牧民が夏営地から冬営地へと季節に合わせて居住地を移すように、
あるいは貿易風と偏西風を巧みに操った船が大航海時代を制したように。
以前、「地球の凹凸」と題して、
僕が自転車で旅する理由をご紹介しましたが、
この地球のメカニズムを利用して走ることは、
「地球大の発想で走る」と言えるのかもしれません。