街歩きの友
スイスに源流を発するライン川。
全長1200kmを越える国際河川として、
古くからヨーロッパの水運の要として利用され、
今日においても物流におけるその重要性は変わっていません。
ドイツから見たライン川はスイス・フランスを隔てる天然の国境線になっており、
この川沿いにはいくつもの美しい古城がそびえ、
それらを眺めながらの船での川下りはライン川観光の目玉です。
もっとも今日ではロマン掻き立てるこれらの古城も、
もともとはその土地の領主たちが、物資を積んだ船から通行税をとるための
関所のような役割を果たしていたのだとか。
今と昔とでは、役割が随分違うのも面白いですよね。
さて、そのライン川をなぞるようにドイツを走り抜け、
オランダに入りロッテルダムまで来ると、
ここでこの川は長い旅路を終えて北海へと注ぎます。
ヨーロッパの物流の出口であり、入り口でもあるロッテルダムは、
世界有数の貿易量を誇る港町。
植民地主義の時代、現在のインドネシアを筆頭に
南アフリカやカリブの島国などの宗主国であったオランダだけあって、
街を歩けばアジア系やアフリカ系、
あるいは混血と思われる肌の色の人たちが闊歩し、
時折、服装も女性はスカーフで髪を覆っていたり、
いかめしい髭を蓄えた男の人は
真っ白な寸胴のワンピースを着ている姿も見かけました。
オランダは移民の多い国ですがロッテルダムは特にその姿が目立ちます。
そんな国際色豊かなこの街には世界で最初の歩行者だけの商店街がありました。
ロッテルダム中央駅近くに伸びるラインバーン商店街。
近代建築の多いロッテルダムにあって、
特にこの周辺は洗練されたモダンな建築物が多く、
歩行者天国になっている通りには今どきのファッションブランドが軒を連ねています。
ここは街一番のショッピングストリートですが、お店のラインナップをよく見てみると
いわゆる超ハイブランドのお店はありません。
あってミドルクラスのブランドのお店といった程度。
こういう場所には不可欠なカフェやレストランも少なく、
オープンテラスのテーブルは随分ガラガラです。
少し調べてみると、オランダのエンゲル係数はEU諸国で最も低く、
外食費比率もポーランドに次いで低いようです。
逆にどちらもEUトップなのが、スペイン。
どちらの文化圏も訪ねてきた僕にとっては
思わずなるほど、と笑ってしまうデータでした。
そんなラインバーン商店街の軒並びも
ヨーロッパ随一の倹約家と呼ばれるオランダだからこその光景なのかもしれません。
生活を飾る以上の必要のない出費を抑え、
自分の必要と思う部分にだけお金を使う。
自転車保有率世界一の自転車大国たる所以も
こんな倹約精神のあらわれかもしれません。
オランダでは列車への自転車の持ち込み制限がなく、
Train&Rideを日常の足にしています。
けれど、ショッピングって思いのほか体力を使うものですよね。
倹約を美徳とするオランダ人ならば、より目を凝らして商品を吟味するでしょうから
きっといつの間にか疲れてきてしまうことでしょう。
そんな街の人を眺めていると、みな片手に何か持っているのに気が付きました。
よく見てみるとポテトやコロッケ、あるいは春巻などのアジアフードを頬張っています。
いくら倹約家のオランダ人でも
やっぱりお腹が空くんだよなと思えてクスリとしてしまいます。
閑古鳥が鳴くレストランと違って軽食スタンドは大賑わい。
また、オランダにはコロッケの自動販売機があり、
お金を入れてコインロッカーのような扉を開けると
温かいスナックをいつでも食べることが出来ます。
周りには腰掛けに丁度いい高さのベンチが並び、
皆、スナックを片手に思い思いに買い物の小休止を過ごしています。
ちなみにこれら軽食スナックには
ケチャップやマヨネーズ、カレーソースなどを選んで食べます。
ここでもオランダらしいことに、このソース自体も別料金でした。
ピザやタコス、南米版揚げ餃子とも言えるエンパナーダなど
屋台やスタンドで供されるスナックは世界に数多くのバリエーションがあります。
どれも熱々が食べごろで、
パクっと一息で食べるのが一番美味しい食べ方。
食べ終えた後は、一緒に渡された紙ナプキンで手と口をさっと拭いておしまい。
小腹を満たしたら、さぁ街歩きを、買い物を続けようという元気が満たされていくのを感じます。
そして街歩きで食べるスナックは、その場の空気を食の形でもって
自分の中に取り込む行為のような気がします。
だから乱暴に言えば、「味はともかく」なのかもしれません。
食べることに意識を向けなければならない上品な食べ物では
街歩きには少し向かないように思います。
買い物しながら、おしゃべりをたのしみながら、散歩しながら、
何かをしながら食べるスナックは、決して主役にはなりきれませんが
その手軽さこそが、その場の空気を演出する最良のスパイスのように思えます。
世界で初めての歩行者天国の商店街では、
そんな街歩きの友を頬張りながら練り歩くのが楽しく過ごすスタイルです。