イゴコチノカタチ
これまで数えきれない程たくさんの街を訪ねて来ました。
煌めくような色使いが美しいメキシコ中部のコロニアル都市群、
野心めいたビル群が群雄割拠するパナマシティ、
ガルーアと呼ばれる海霧が喧騒の街を包むペルーのリマ、
あるいは、最果ての叙情感からは
程遠くツーリスティックな南米最南端のウシュアイア。
振り返れば色々な街の顔が思い出されます。
アンデス山中の街とも村とも呼べないような集落で出会った
一人の少年の無垢な笑顔は、今も僕の心をぎゅっと締め付けます。
多くの街の姿が僕の体に焼き付き、染み付いています。
そんな街の印象を決めるものっていったい何でしょう。
食事の美味しさや住人の人あたりの良さ、
物価の安さ、周囲を取り囲む自然環境などなど
。
漠然としていますが、街の"雰囲気"というのも
実際に行った人だけが感じ取ることの出来る
街の印象の一つかもしれませんね。
その中で特に大きなウェイトを占めるものが宿です。
宿は自転車旅で疲れた体を休める場所であり、
その街を観光するための拠点になる場所で
最も長い時間滞在する場所ですから
宿の居心地は僕にとって随分重要です。
では、宿の居心地っていったいどんなところから感じ取れるのでしょう。
ベッドや水回りの清潔さ?
窓から差し込む陽の柔らかさ?
宿に居合わせた他のお客との相性?
数えあげればきりがありません。
居心地とは快適や安心、落ち着ける、便利など色んな感情が
混ざり合って出来上がる不思議な感覚なのかもしれませんね。
オランダのロッテルダムはヨーロッパ一の港町として、
世界各地から多くの物資が荷揚げされ、出て行きます。
そんな世界屈指の港町だから、街を歩けば常に
新しい風が通りを吹き抜けていきます。
そんな風にあたるのは、活気があって気持ちいいことではあるのですが
ずっと風に当たりっぱなしは、せわしなくて、
急かされているようで少し疲れてしまいます。
ふと一息ついたときに、安心して背負った荷物を下ろせる、
そんな場所がこの街にはありました。
一般にホステルと呼ばれるタイプの宿で
部屋は他の宿泊客と相部屋ですが、
キッチンが用意され安価で泊まることが出来ます。
この宿で何より居心地の良さを感じる場所は、リビング。
不規則に置かれたかに見える椅子やソファも
床に敷いたラグ、ペンダントライトが織りなす影など
空間全体で捉えると驚くほどの調和感でそこに存在しています。
また、ファイバーボードで作った手作りのダイニングテーブルに
並べられたユーズドの椅子はなんだか不思議な安堵感を覚えます。
「しつらう」
この言葉がこれほど当てはまる空間は、
長い旅の中でもなかなか出会うことはありません。
きっとこのホステルが個人経営の小さな宿ということも
少なからず関係していることでしょう。
規模の大きな宿では時折、キッチンやトイレが汚れていても、
「きっと誰かが片付けてくれる」
そんな雰囲気で皆ほったらかしという場面を見かけます。
宿の人間もお客も同じキッチンや空間を利用する小さな宿だからこそ
互いの距離が近く、リスペクトし合い
お互いが気持ちよく過ごすための気遣いが生まれます。
僕自身、ヨーロッパ諸国における滞在許可が3ヶ月しかなかったため
随分と駆け足でヨーロッパを回ってきましたが、
最後の最後で落ち着ける場所に巡りあうことができ、
どさりと肩の荷が降りたものでした。
どんなに宿の居心地がよくても、いつかは旅立たなければいけません。
けれど、こんな風に思いがけず素敵な宿に出会えることも
前に進むための原動力です。
旅の疲れを癒やしたら
これからもまだ見ぬ街を求めて、僕はまた進んでいこうと思います。