各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

旅する素材

2013年10月09日

イギリスのあるグレートブリテン島は、
対岸のヨーロッパ大陸本土に比べて気候ががらりと変わります。
夏の真っ盛りだというにも関わらず、毎朝どんよりとした雲が空を覆い
気温もなかなか上がりません。
ぐずついた空から雨粒が落ちると、
体感としては中秋の日本のように朝晩は特に冷え込みを感じます。

緯度は日本に比べれば、だいぶ高いですが、
これまで旅をしてきた西欧諸国と比べればそれほど大きな違いはないはず。
イギリスを取り囲む海流と偏西風の影響を如実に感じる気候の変化でした。

イギリスは思わずため息が出てしまうような標高の高い山はありませんが、
緩やかな稜線を描く丘が連なる地形が続きます。
ウェールズやスコットランドのカントリーサイドでは、
人間よりも羊の方が遥かに多く、緑の草原を白の斑点がポツポツと埋めています。

また時折現れる村々も石造りの街並みがとても可愛らしく、
この土地を巡る自転車旅は僕にとってヨーロッパ一のお気に入りとなりました。

しかし、一見緩やかに見える丘も実際に走ってみると
随分勾配がきつい道が待っていました。
一番軽いギアにしても目一杯ペダルを踏み抜かなければ、
前に進むことが出来ません。
周囲を見渡すことの出来る丘の向こう側に出ると、
今度は猛烈な勢いの下り坂が待ち構えています。

時速5kmで上るか、時速60kmで下るか…
まるでジェットコースターのように激しいアップダウンの土地でした。

体に高負荷をかけて上る上り坂は当然、汗をたくさんかきます。
しかし、ペダルを回す必要のない下り坂で自転車が風を切ると
冷涼な空気が入り込み、汗の気化熱で体温を急激に奪います。
曇りがちな空から雨が落ちる日はなおさら汗をかき、体温の冷えも顕著です。

時に張り詰めた空気が深々と身に凍みる低温下や、
身を切るような風の日の走行を強いられる自転車旅において
体温を一定に保つための衣服は必須。
何枚も着替えを持つ余裕はないので旅に最適な素材で作られた衣服を
最小限でやりくりしなければいけません。

走行中は主にポリエステルなどで出来た化学繊維のウェアを使用しています。
衣服に日常使いされるコットンは吸水性が非常に高い素材ですが、
繊維上に水分を溜め込む性質を持ち、
一度濡れると乾きが遅く、肌に触れた水分は体温を奪います。
ポリエステルは繊維にほとんど水分を含まない性質のため
汗をどんどん肌の外に追いやり、また速乾性にも優れています。
グリッド状やメッシュ地に編み上げられた生地は、
水分を吸い込んだ繊維が肌に触れる面積を最小限に抑え
汗冷えから守ってくれます。

また雨や風から身を守るためのレインウェアには
水滴より遥かに小さい超微細な孔が設けられたフィルムが
生地と生地の間に挟まれています。
このフィルムが汗で蒸発した水蒸気を外に逃し、
外からの雨粒は中に通さない防水透湿の働きを示し
悪天候時に体をドライに保つための強い味方です。
これらの防水ジャケットは「シェルジャケット」とも呼ばれますが
その名の通り、殻のように僕の体を守ってくれるのです。
シェルジャケットをまとった僕は
雨中のカタツムリのように一国一城の主といったところでしょうか。

さて、ここまでは自然には本来存在しない化学繊維の話でしたが
天然繊維の素材も僕の旅を支える心強い味方です。

羊からとれるウールは保温性に優れ、寒冷な環境においてはうってつけの素材。
また天然の防臭性を持つため、長期の旅に最適です。
ウールはチクチクとした着心地が…そんな心配もご無用。
極細のメリノウール品種は肌を刺激せず、下着としても違和感がありません。

唯一、化学繊維に比べ耐久性が弱いので洗濯時の扱いには注意が必要です。
僕のカバンの奥底ではウールで編まれた長袖が、
ここぞ!の場面で使うための切り札として、
またお守りとして出番を待っています。

またガチョウやアヒルからとれるダウンと呼ばれる体毛は
非常によく暖かな空気を含みます。
軽く、復元性に優れ、旅の必要な要素を満たした素材です。
化学繊維の発達した昨今においても、
重量あたりの保温性で良質なダウンに敵う素材は目下のところありません。
しかし、その究極とも言える素材も
水に濡れてしまうと途端に保温性を失ってしまいます。
ですから汗や雨など水分に触れる行動時にはダウン素材を避けて、
停滞時に使う保温着や寝袋に使用しています。

イギリスの丘陵地に点在する羊たちが示すように、
品質の良いウールを生産するためには冷涼な環境が必要です。
また良質なダウンもポーランドや中国内陸部など
冬の寒さが厳しい土地が名産地となっています。
僕が約一年を過ごしたアンデス山脈もまた、
アルパカウールの産地になっており、
同じラクダ科のビクーニャの毛はきめ細やかさと保温性を持つ
最高品質のウールとして知られています。

やはりその土地々々において、
現地を過ごすための最良の素材が育まれていくものなのでしょう。

化学繊維、天然繊維これらの特徴をよく理解し、
正しい使い道に配していくこと。
そうすればおのずと背負う荷物も最小限になります。
そこから生まれる身軽さで
より一層、旅を深い世界へ導くステップを踏むのです。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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