各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

一国一畳の主

2014年01月22日

僕の住処は黄色が目印の小さなテント。
このファブリックハウスに守られて、いくつもの夜を越えてきました。

ある日は今日を走り切った充足感と明日への期待感に包まれるように。
また、ある日は痺れるような寒波に丸くなって耐え忍ぶように。
様々な天候下にさらされる自分の旅には欠かせないパートナーです。

ザンビアに入ったあたりから、宿の値段がガクンと上がりました。
どこもだいたい一泊2000円前後から。
これまでは500円~1000円程で泊まれていただけに、
この跳ね上がり方は、僕の財布に重くのしかかってきます。
それでいて、相変わらず断水や停電が続き、
マラリアを媒介する蚊が容易に入ってくるような
隙間だらけだったりすることも多いので、
これではせっかく大枚を叩いたのにも関わらず、少し見返りが少ない気もしてきます。

そして、どんなところにも必ず誰か人がいた東アフリカ諸国とは違って、
このあたりから少しずつ村と村の距離が離れだし、
宿のあるような大きな街まで一日で着けないことも増えだしました。

東アフリカではテントを使う機会がほとんどありませんでしたが、
おかげでこのあたりから、
しばらく無用の長物と化していたテントで一夜を明かす機会が増え出しました。

夕暮れ迫る頃、フロントに積んだ鞄からテントセットを取り出し、
パキパキとポールを組み立て、床に敷いたインナーテントを吊り下げれば、
ものの五分もしない間に慣れ親しんだ我が家の完成です。

天気が良ければ、フライシートをかぶせる必要もなく、
メッシュのインナーから覗く月明かりと穏やかに流れる夜風を浴びて、
明日の太陽を待つのです。

「怖くないのですか?」
そりゃあ、もちろん怖いです。
アフリカに限らず、外で眠るということは
人の危険、動物の危険、天候の変化、水の確保、
様々な事柄に注意を払わなければなりません。

キャンプ場のような整った場所も見つからず、
どこかにテントを張らなくてはいけない場合は
① 人がいるところでテントを張る。
② 人がいないところでテントを張る。
この一見、矛盾しているような条件をもとに幕営地を探します。

少し説明を加えると、
誰か周りに人がいれば、お互いが監視役になるので
自分に危害を加えるようなことはしない。
逆に人が誰もいなければ、文字通り誰も自分との接触はありません。
半端に人が通るような場所で夜を明かそうとすると、
通りかかった誰かの心に魔が差す可能性が高まってしまいます。
だからガソリンスタンドのように絶対に誰か人がいるところか、
街から離れたブッシュの森の中、
どちらか極端な場所を選ばなければなりません。
前者は食料が買える、水が使える場所が多かったりしますが、
車のライトやエンジン音で寝不足になる場合があります。
後者は人の危険の心配はない代わりに、使える水が限られ動物などの危険が高まります。
どちらも長短があるので、
その日の走行中に感じた街々の雰囲気や周囲の自然環境を見て、
その日のキャンプの仕方を考えます。

テントにはポールだけで自立するものと、
ペグを打たなければ設置出来ない非自立式の2タイプに分けられますが、
自転車の場合、テントは自立式タイプが良いように思います。

自転車旅の性格上、
砂地や芝生、岩場など様々な場所にテントを建てなくてはならず、
コンクリート床のようにペグの打てない場所がある場合もあるためです。
それに毎日の設置撤収を考えると、
よりスピーディーな自立式の方が、手間がかからないからです。

僕のテントは幅が肩幅分程度しかない一人用の極小サイズです。
荷物を全部中に入れてしまうと寝る場所すらままならない大きさ。
マットも半身用のもので、太ももから下ははみ出してしまいます。
決して極上の快適空間ではありませんが、
そもそもキャンプにあらゆるものを求めることは
自分としては何か違う気がするので、
快適ではないけれど、不満でない程度に眠れる
この空間は案外気に入っています。

着替えの入った小分け袋を枕にしたり、
鞄を横に倒して足下分のマットとして代用したりと
荷物の配置の仕方や、道具に新しい役割を見立てることで
狭い室内を自分なりに演出することが出来るので、不自由は感じません。
こうして限られた空間を自分流に工夫していくことも
キャンプが与えてくれる大切な時間だと思います。

昔の人は「起きて半畳、寝て一畳」と、
人間が生きていくために必要とする空間はこの程度だから、
それ以上のものは求めたりせずに、慎ましく生きなさいと言いました。
タタミ一畳の大きさは、京間、江戸間など地域により若干の違いがありますが、
現代では一般的に3尺×6尺、約91cm×182cm程度と認識されています。
僕のテントサイズは70cm×220cmですが、
これは縦横の長さに違いはあれど、面積にしてみるタタミ一畳に近い数字になります。
つまり図らずしも、僕のテントは人が暮らしていくための大きさとして、
必要十分の大きさであったわけで、愛着のこもった小さな我が城です。

ザンビアの南西、ヴィクトリアの滝にかかる
ヴィクトリア大橋を渡ると、ジンバブエに入ります。
ジンバブエではさらに宿の値段が上がり、どこも2500円からだと言うではありませんか。

夕暮れが迫り、どこかにテントを張れる場所はないかと探していると
やがてバオバブの木が群生するエリアにさしかかりました。
バオバブの木はタンザニアでも見かけましたが、
ちょうど雨季にあたる今のジンバブエでは青々とした葉が、
悪魔が抜いて逆さにしたとも言われるバオバブの枝々を色づけていました。
決めた、この日の宿はここにしよう。
迷いはありませんでした。

村がまばらに点在する場所だったので、
村の中心まで行って、村の人々と話をし、
小学校側の立派なバオバブの生える場所をあてがってもらいました。
どうしてでしょう、ただこの木の側で寝るだけなのに、
胸の高揚が止まりません。

大樹の下にテントを張り、今か今かとその時を待つ。
やがて日が完全に落ち、暗闇が辺りを支配するようになりました。
懐中電灯の明かりを消し、目を凝らし、闇夜を見つめると
ボォっとバオバブの木のシルエットが浮かび上がり、
気づけば背後に無数の星空が出現していました。

キャンプは色々なことを教えてくれます。
生きていく上で必要なもの、不必要なもの。
水の貴重さ、今日も無事に一日を終えることの出来た安堵感。
人や動物への恐怖心だって、
今や日常からだいぶ遠ざけられてしまったものの一つです。
そして今日はこうして闇夜にも濃淡があることを示してくれたのです。

自慢の我が城は、とっても狭い一畳間。
家来も家臣もいない、たった一人のパーソナルキングダム。
けれど、ロケーションだけはいつだって最上の一等地。

一国一畳の主は、今宵もアフリカの大地に抱かれて。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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