各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

18.6kmの感受性

2014年02月05日

世界最古の砂漠と言われるナミブ砂漠。
ナミビアの海岸線のほとんどを占める広大な砂漠の中にあって、
唯一、赤い砂丘を持つセスリムの砂漠。
この砂丘を染め上げる初日の出で、僕の2014年は幕を開けました。

年末年始はこのナミブ砂漠を含め、
野生の動物の宝庫エトーシャ国立公園や
2000年近く生きているというヴェルヴェッチアの花などを
訪ねて過ごしました。

これらナミビアのハイライトは、
これから向かう南アフリカへの道とは真逆の場所にあったり、
四駆の車ですらスタックしてしまうこともある悪路にあったりします。

自転車で行けなくはないところではあるのですが、
大目標である喜望峰から離れた場所に行くことは
少し気が重いのも事実。
それに思えばここ数ヶ月はずっと走り詰めだったので、
少し自転車から離れて心身をリフレッシュしたい気持ちでした。

幸いなことに、首都のウイントフックで
1年前に南米で出会った友人に再会し、
その友人が仲間たちと共にナミビアを車で周るというので、
僕も混ぜてもらうことにしました。

4泊5日のナミビア周遊は、普段の生活からは
おおよそ想像のつかないスピードで展開されていきました。
僅か1時間で僕の1日に進む距離を追い越し、
1日のドライブでいくつもの街を通り過ぎる。
ガソリンの給油以外で街に寄る必要もありません。
国土を縦断する果て無き一本道は、時に風が心地よく、
時に退屈でうたた寝をしてしまうこともしばしばでした。

車中では、遠足気分でクイズを出し合ったり、
互いの旅の話に興じたり。

何よりも目的地に到着し、
その感動をその場で共有できる仲間がいることは
長らく忘れていた気持ちだったような気がします。

自分一人では発見できない気付きや、
ひとそれぞれの感じ方、風景の切り取り方。
何もかもが新鮮で文句なしに充実した日々を過ごせました。
普段は疲れ果てて、星が出る頃にはすっかり寝てしまっていますが、
この時ばかりは、夜更かしをして星降る空の下、
他愛ない話に笑いあったものです。

そんな非日常の年末年始も過ぎ、
やがて再び自転車に跨る時がやってきました。
長い時間自転車から離れてしまったときほど、
また自転車に乗るのが億劫なことはありません。
それはそうです、
ペダルを漕いだ瞬間から、
寝る場所が確保されている、いつでもシャワーが浴びれる、
近くにスーパーがある、電気がある、
そういった現代的な安心感とは真逆の世界に舞い戻るのですから。
けれど、そんな自転車が媒介となって誘ってくれる世界に
魅了されているのも事実で、
長期滞在ほど、久しぶりに自転車に跨るのが
とても楽しみという表裏一体の気持ちもあるのです。

重い腰(と、すっかり落ちた日焼け)をあげ、
括りつけた荷物の多さに改めて驚く。
宿の人に見送られ、
サドルに跨ると一瞬にして元の日常へと舞い戻ります。

自転車の上から見える景色は、徒歩に比べて10数cmほど高いだけ。
しかし、その僅かな違いですら、毎日スーパーへと足繁く通った道を
違った景色へと変えてくれます。

大都市特有の車の波をかい潜り、郊外へ。
ここからしばらくは、ナミブ砂漠に行った時に通った道です。
既に知った道も、自転車と車とではやはり捉える感覚が違います。

風も、傾斜も、路面の状態も関係なく時速120㎞で突き進む車と違って、
自転車はそれらに一喜一憂しながら進んでいきます。
きつい日差しに思えた太陽だって、
寒流の海から冷たい風が偏西風に運ばれて思いのほか涼しかったり。
地平へ伸びる直線道路も一見平坦に見えて、
実は僅かに上り坂だったりします。

車で感じた爽やかな風の中に、
路端で息絶えた動物たちの死臭が紛れていることも
自転車だからこそ感じれるリアルです。
道路の上では退屈をしている時間などないほどに気づきが溢れているのです。

家財道具を一式積んだ自転車の一日の平均時速は大体16㎞から19㎞程。
これが速いか遅いかはそれぞれの感じ方だと思いますが、
少し考えてみてください。
陸上競技の100m走において、10秒を切る選手の時速は何㎞になるでしょう?
単純に10秒で計算しても時速36㎞程です。
瞬間的には時速40㎞を超えるそうですが、100mすら持たないのです。
類まれな才能と弛みない修練を積んだ人類最速の選手であっても
僕たちに出せるスピードの限界はその程度なのです。
トップ選手があらゆる神経を走ることに注いで平均時速が36㎞なのだから、
人に与えられた物事を感じ取れるスピードというのは36㎞以下なことは明白です。

ナミビアの法定速度の120㎞というものは、
超高速移動という結果を得るために
本来は五感で感じることの出来た多くのものを
犠牲にしているのかもしれません。

ただ、かといって徒歩では途方もない時間を要することも事実。
そういう意味でも、人が何かを五感で感じ取るために
最適なスピードで移動できる自転車は、
なかなか良い乗り物なのではないかと思うわけです。

かれこれアフリカも6500㎞を走ってきました。
走ってきた分だけ、その土地の感触を思い返すことが出来るように思います。

ウガンダの、行く手をけぶる乗合バスの黒煙、
ケニアの、アカシアの木陰にそよぐ乾いた風、
タンザニアの、朝方、チャパティと一緒に飲み干す甘ったるい紅茶、
マラウィの、穀物を練って作られたシマの歯ごたえ、
ザンビアの、雨上がりに湧き立つ草むらの匂い、
ジンバブエの、突き刺すような太陽光線と蚊の羽音、
ボツワナの、夜明けに響くロバのいななき、
どれもすべてが走ってきた手応えです。

そしてここナミビアでは、空と大地の見事なコントラストが
南アフリカへと続く一筋の道を鮮明に示しています。

そんな道を走れば、
思わず口ずさんでしまうお気に入りのメロディーをまとって
目指すはいよいよ喜望峰、です。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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