トラブルを糧に
旅にトラブルやアクシデントはつきもの。
ただ、そうは言っても、時間やお金、
何かと多くの労力を必要とする旅のトラブルは
なるべく避けて通りたいところです。
しかし、普段の日常でも風邪や虫歯といったトラブルが起こるように
旅も長ければ長くなるほど、困難に直面する可能性は高まります。
前回は、ナミビアの首都を出て、
気持よく南アフリカを目指した記事を掲載しましたが、
実はウイントフックを出た瞬間に、
過去最大の自転車の故障に見舞われていました。
2週間滞在した宿のみんなに見送られ
意気揚々と出発したのも束の間、
自転車後部から妙な違和感を感じとりました。
荷物の積み方が悪かったのかと、
鞄の位置を変えてみてもそれは解消されず、
ちょうど自転車を寄せれそうなガソリンスタンドがあったので、
そこで自転車の点検をしてみると
折れていたのです。
折れていたのは、自転車フレームのキャリアを支える部分。
とても小さな箇所だけれど、
ここが重量30kgに及ぶ装備を受け止める大事な部分です。
そういえば、ウイントフックに着いたとき、激しい夕立に遭い、
ダウンヒルを乱暴に駆け下りたので
もしかしたらその時に折れていたのかもしれません。
この故障を発見した時は、一瞬青ざめる思いでしたが、
落ち込んでいても問題は解決しませんので、
すぐに気を取り直し、対策を練ることにしました。
それにだいぶ騒々しく宿のみんなに見送ってもらった手前、
故障で帰ってきましたではちょっと格好がつきません。
何が何でも直して出発する!となかば意地の気持ちもあったのです。
落ち着いて辺りを見渡すと、
この辺りは工場が並ぶインダストリアル地域。
以前レンタカー会社を訪ねに来たことがある場所で
そういえば自動車関連の会社が多かったことを思い出しました。
この規模の工場なら溶接設備を持ったところも多いはず。
今日は土曜日ということで、いつにもまして閑散としていましたが
午前中ならやっているところもあるはずだと、
自転車を引いて歩くと直ぐにそれらしき工場を見つけました。
ちょうど一人のおじさんが出てきたので、事情を話すと
「荷物を全部外して」と早速作業にかかってくれました。
そして、ものの30分もしない間に修理完了です。
おまけに調子の悪かったもう一方の取付部まで修理をしてくれました。
思えば今回のトラブルはこの自転車旅の中で
最大級のトラブルだったにも関わらず、
初めてのパンク修理の時よりもずっと早く修復することが出来ました。
合わせて、洗車や注油までしてくれ、
何から何まで助かりました。
『代金はいくらですか?』
そう訊くとおじさんは手を横に振って、
もう片方の手でコーラを差し出してくれました。
決して美談にするつもりではないのですが、
こうした親切に巡りあうと一層走る気が起こることもやはり事実。
だから、こうした親切心に僕がすべきことは、
感謝の気持ちを胸に安全運転で目的地へと到着することです。
思いがけないトラブルは、
つまり僕を思いがけない場所へ導いてくれるチャンスです。
普段なら決して関わりを持つことすらなく過ぎ去っていた場所を
訪ねるきっかけにもなるのだから
トラブルが結ぶ縁を大事にしたいものです。
けれども、困ったらいつでも誰かをアテにすればいい、
ということではありません。
誰かに助けてもらうのは
どうしても自分だけでは立ち行かなくなったときだけ、です。
そもそも辺りに何もないところで問題に陥ることもあるのだから、
自身がトラブルに対処する術と心を持ち合わせていなければなりません。
重大なトラブルには、専門業者が力になってくれますが、
路上では餅は餅屋というわけには行きません。
バイクロックが固くなったら、オリーブオイルを流し込み
タイヤが裂けてしまったら、丈夫な歯間用フロスで縫い合わせる。
擦り切れて穴が空いたカバンも
パンク修理用のゴムパッチを当てればばっちり補修完了です。
色んな工夫で、急場を凌ぐことは、餅屋のいない片田舎でも同様です。
以前、コロンビアでリアブレーキのパーツを破損してしまった時のこと。
壊れたパーツはなかなか現地では手に入らず、
アンデス山脈のきつい下り坂をヒヤヒヤしながら
前ブレーキだけで走っていました。
ある時泊まった小さな街。
信じられない傾斜の山に張り付くように作られた
不思議な街が気に入って2泊したのですが、
通りを歩いているとこんな小さな街でも自転車屋がありました。
とはいえ、これまでだいぶ探しても見つからなかったパーツだったので、
やはりここにもそれは置いてありませんでした。
うなだれる僕を見かねたのか、店番の男がどこかに電話をしています。
「1時間後にまた来て」
そう言われ、時間を空けてまた戻ってくると、
自転車のブレーキが使えるようになっているではありませんか。
聞けば、自転車のパーツは見つからなかったけど、
金物屋に頼んで鉄板を曲げて代用のパーツを作ったとのこと。
自転車パーツ=専門品と思い込んでいただけにこれは盲点でした。
確かに同様の役割を果たすものであれば、問題無いわけです。
ねじ曲げられた鉄板の無骨なフォルムが頼もしく見えました。
冒頭にも述べましたが旅にトラブルはつきもの。
しかし、それを経験しないと生まれてこない発想はたくさんあります。
今回もフレームの故障が判明したとき、
自転車店も近くにあることを知っていましたが、
そこへ行くよりも、自動車工場へ持ち込んだほうが
直せる確率が高いと直感したので、自転車店には寄りませんでした。
溶接修理を終え、洗車と注油を終えて手元に戻ってきた相方の後輪には
見慣れぬガムテープが貼ってありました。
おじさんは含み笑いを浮かべながら
「明日になったら剥がしなさい」といいます。
その日は結局、宿に戻ることなく
無事、予定通りの場所まで走ることが出来ました。
夕暮れ時、言われた翌日には少し早いものの、
工場の皆へ感謝を思いながら、例のテープを剥がしてみると
傷だらけの自転車に一つ新たな勲章が授与されていました。
旅にトラブルはつきものだから
トラブルを楽しむ遊び心をいつでも忘れずに、
このプレートはそんなことを僕に語りかけているような気がします。