各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

地球の身度尺

2014年02月26日

南アフリカへ入ると、一転して景色が目まぐるしく変わるようになりました。
まず国境のオレンジ川渡ると、不毛な岩山を縫うように徐々に標高をあげます。
ここはナマクアランドと呼ばれる地域です。
壮大なスケールの谷や丘が続き、
ひと漕ぎひと漕ぎごとに景色が変わってゆく様はまさにスペクタクル。

ジェットコースターのようにアップダウンが多い地域でしたが、
それも気にならないほど楽しみながら走れました。
(なにしろここ2ヶ月は地平線しか見ていませんでしたから)

そして、アフリカの出口ケープタウンのあるウェスタンケープ州に入ると、
途端にまばゆい緑が辺りを埋め尽くすようになります。
この地域は晴れの日が多く、寒暖差の激しい乾燥した気候を利用し、
ワイン作りが盛んです。
緑の正体はブドウをはじめとした果樹園でした。
またこのあたりはルイボスティーの産地であり、
ルイボスの木は世界中でこの土地の気候でしか育たないとのこと。
数日前までの荒涼とした世界がまるで嘘だったかのように景色は激変しました。

その日はシトラスダルというその名の通り、オレンジやレモン畑の茂る谷間を発って、
ダートの峠道をえっちらおっちらと越えていました。
登りは大変ですが、この辺りは針葉樹がちらほら見え、
吸い込む息に松の香が薫って清々しくあります。

峠を越えるとウェスタンケープ州でも
特にワイン作りの盛んなワインリージョンに入ります。
峠の向こうは台地になっていて洋ナシやブドウが
延々と続く果樹園で栽培されていました。
そんな果樹園に沿った道上で、僕の総走行距離は40000kmを数えました。

40000㎞は地球一周分の距離とほぼ同じなので、
ちょっとした節目の距離であり目標としていた距離です。
出発から約2年7ヶ月での到達となりました。

なぜ40000㎞と地球一周分とが切り良く揃うのかと言うと、
mやkmといったメートル法で定められている長さは
もともと地球の子午線を基に制定されたものだからです。
(現在では真空中で光が約3億分の1秒に進む距離と現在では基準が見直されていますが)

大航海時代以後、活発になった国際的な商取引をスムーズにするため、
統一された度量衡が必要になり、長さに関してメートル法が考案されたといいます。

それ以前というのは地域ごとにそれぞれの単位系を使っていました。
その名残で現在でも慣習的に使われている代表的な例として
東洋では尺を基にした長さの単位、西洋ではヤードを基本とした単位があげられます。

尺は手を広げた時の親指から中指までの長さを呼んだものであり、
古くは咫(あた)とも書きました。
ヤードにおいては、肘から中指の先までをキュビットといい、
2倍にあたるダブルキュビットがヤードの長さの由来になったとされています。
またヤードの下位単位であるインチは親指の長さに由来する単位系であり、
これは尺の下位単位である寸も同様の成り立ちを持ちます。

このような身体の長さを基準とした長さの単位を身度尺といい、
古くから暮らしの中で重用されてきました。

日本のお茶碗が何かで規定されているわけではないにも関わらず、
みな決まって持ちやすい4寸程度の大きさで作られていることは、
暮らしが育んだサイズ、という話は有名な話です。

また、大きさを形容する言葉としても身度尺は古くから使われています。
サッカー日本代表のシンボルマークでもあるヤタガラスの八咫、
古事記に登場する三種の神器の一つ八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)。
言葉の響きから何となく大きいのだろうなと伝わってくるのは、
使われている言葉が身度尺に由来しているからだと思います。

住空間の大きさも「16.2平方メートル」と表記されるよりも
尺の派生単位である畳を用いた「10畳」と表記されたほうが
大きさのイメージがしやすい気がしませんか?

メートル法で定められた長さというものは、
人の生活圏において最も大きな単位である地球から落としこんでいるため、
暮らしで使う単位としては少々扱いづらいことも時としてあるのです。

僕自身、自転車で走ったのは40000㎞ですが、
地球を一周したわけではありません。
当たり前ですが地球一周分の距離と
地球を自転車で走る距離はイコールではないのです。

しかしそこにこそ僕が確かめたい
「地球は丸い。いやいやそんなことはなく実際は歪で曲りくねった地球」
という大きな矛盾が存在しています。

日々の走行でメートルが確かな物差しになっているのは一つ。
それでも積み上げたいのは単に40000㎞走ったということじゃなく
地球の凹凸を感じながら自身に刻む地球の身度尺です。

アフリカも終わりが見えるにつれて、
少しずつ次のユーラシア大陸のことを考えるようになりました。
まだまだ続く地球を走る自転車旅。
僕にとっての地球の身度尺はいったいどのくらいになるのでしょう。
それは走り終えてみないと分かりません。

さて、ワインリージョンに入れば大陸最南端アグラス岬まではあと少し。
順調にいけば、いま滞在している街からアグラス岬までは
あと「2日」の「距離」です。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

最新の記事一覧

カテゴリー一覧