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終の恒星

2014年03月05日

最南端に到着する前日は、野宿をしました。

すぐ先に街はあったのですが、
アグラス半島はたおやかな丘と草原が広がり、
それはそれは心地よい土地でした。
だから、どうしてもその丘から吹き流れる風を浴びて、
最南端に着くための心の準備をしたくなったのです。

この辺りは海辺から常に吹きつける風を避けるために
街の周囲には防風林が植えてありました。
道路沿いの防風林の中へ入り、森を抜けると地平が続く丘へと出ました。

海が近いからか、思ったより湿度が高く、蚊がたくさんいたので
すぐにテントの中へ逃げこみ、横になりながら本を読み時間を過ごしました。
時折、目を休めるために外へ目をやり、
少しずつ夕闇が空から降りてくるのをテントのメッシュから眺めていました。

自由奔放な自転車旅に見えて、実は毎日のタスクは結構あります。
テントの設置・撤収をはじめ、食事の買い出しと準備、
洗濯に破れた衣服の裁縫と主婦顔負けの忙しさです。
いつものようにキャンプ場に泊まっていたのでは、
このようにやらなければならないことがたくさんあり過ぎて、
あっという間に時間が過ぎ去ってしまいます。
こうして本を読むか、地平を眺めるかしかやることのない野宿の方が
最南端につくための心を落ち着かすことが出来る気がします。

西に太陽が沈む頃、東の空にキラリと星が見え出します。
あれはシリウスです。
恒星で一番明るいこの星は、星に疎い僕でもすぐに分かります。
続けてカノープスが現れ、リゲルも顔を覗かせます。
ベテルギウスが輝くようになると、ようやくオリオン座が見えます。

こうして自分の知っている範囲で星を追うのですが、
いよいよ星の判別がつかなくなって、仕切り直しに空全体を見やると
いつの間にか全天中に星が散りばめられていて、
しばし、呆けてしまうほどでした。
日の沈んだ西側は、太陽の代わりに、
タウンシップの街明かりがポツポツと灯っています。

翌日、夜明けと共に走り出し、まだ眠りから覚めやらぬ街を駆け抜け、
僕は最南端アグラス岬に到着しました。
灯台を1kmほど行ったところにあるそこは、
差し当たってこしらえられた最南端を示す石碑以外は何もない場所でした。

しかし、想像のつく範囲での時間の流れにおいて
永劫変わらず果てとして存在し続けるこの岬は、
こうして僕をこの地に引きつけたように力強い引力を持っています。
ただ、淡々とそれ以上の感慨も湧かなかったことも事実。
まだ喜望峰への走行が残っているからでしょうか。
アフリカが終わる、その実感はなんだか全く湧かないのです。

岬を後にした僕は来た道を引き返し、街で宿をとりました。

夜は雲で昨日のようには星が見えず、翌日からは天候が崩れ、結局3泊しました。
その間、目の前に迫りつつある
冬のヨーロッパ走行についての情報収集に勤しみました。

天気の回復した4日後に街を出ると、ひと山越えて、
そこからは海岸線沿いを行くコースとなりました。

南アフリカの海沿いはどこも白い砂をたたえるビーチの背中に
険しいシルエットの岩山がそそり立ち、
これほど美しい海岸線はちょっと記憶にありません。

海岸線沿いにリゾートや別荘が立ち並び、
リーズナブルな安宿でさえどこも、
海に向かって大きな窓が向けられ素晴らしいロケーションに建てられています。

そんな宿のテラスに腰掛け、いつものように星を数えると。
ふと、いつも目印にしていたカノープスは
ヨーロッパに行ったら見ることが出来ないことに気が付きました。

カノープスは恒星ではシリウスに次ぎ2番目に明るい星ですが、
南天の星のため北半球ではなかなか見ることが出来ない星です。
特に僕の生まれ故郷の福島県では、ほとんど見ることが出来ず、
旅に出て知った星です。

南半球の星といえば南十字座がとても有名ですが、
88ある星座の中で最も暗く、僕の目ではなかなか分かりません。
もしかすると南十字座だと思っていたものは、
近くにある通称「ニセ十字」のことだったのかもしれません。
だから僕にとって南半球で身近な星といえば、
南十字座よりも断然カノープスなわけです。

そんなカノープスを北半球に戻れば、
見ることが出来なくなると気づくと、
それは最果ての石碑よりも切々と
この大陸が終わることを語りかけてくるようでした。

次にこの星を見ることの出来る土地は東南アジアでしょうか。
そこで再びカノープスを見た僕はきっと、
確実に見えている旅の終わりに思いを重ねて
この大陸のことを思い出すでしょう。

僕にとってカノープスは寂然たる思いを含んだ
終(つい)の星なのかもしれません。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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