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アフリカの受け皿

2014年03月19日

ケープタウンは美しい街。
けれどその美しさを素直に受けとることが出来ない街。
これが僕の印象でした。

バスコ・ダ・ガマによる喜望峰発見からおよそ一世紀半後、
オランダの東インド株式会社が17世紀にこの土地に食料基地を建設して以来、
ケープタウンは南アフリカにおけるヨーロッパ人の入植の始まりの土地です。

喜望峰を折り返し、ケープタウンへの道は、
断崖絶壁のチャップマンズピークを通り
青い海の棚引くハウトベイへ抜ける、息を飲む絶景ルートでした。

南アフリカに入ってからは、
毎日のようにアフリカベストロードを更新するような
風光明媚な道が続きましたが、
最後の最後までこの国は裏切りません。

ここから15㎞もいけばケープタウンの中心街にも関わらず、
身近にこんな大自然が展開されていることに、
往時のヨーロピアンがここを選んだ気持ちも分かるようです。

ハウトベイをひと山越えると向こう側には
大西洋を望むケープタウンの高級住宅地キャンプスベイに入ります。
台地上のテーブルマウンテンを背中に従え、
上空から吹き降ろす強烈な山おろしを浴びながら市内に入っていきました。

街道沿いは、パームツリーが並び左手にビーチ、右手は瀟洒なレストラン、
その後ろに白を貴重とした多層住宅が
互いに競うようにニョキニョキと丘陵の高いところまで林立しています。
アフリカの終点に着いた安堵感に浸るには十分なほど美しさ。
しかしそれにも関わらず、僕のこの街の印象は異なるものでした。

レストランで給仕する者、される者のあからさまな肌の色の違い。
生活感の感じられない道路や磨き上げられたガラス。
どの住宅も一様に洒落たテラスが海を向いて張り出す姿が
ちょっと異様なものに見えてしまいました。

"彼ら"の考える理想を徹底的に実現した場所、そんな風に感じます。

ちょうど前日、テーブルマウンテンの
向こう側を走って見た景色が思い出されました。
威風堂々鎮座するテーブルマウンテンの東側には
見渡す限りの超巨大なタウンシップ(黒人居住区)が広がっています。

電線が縦横無尽に走り、トタンを何枚も貼り合わせて建てられた家。
遠くでは何かを燃やしている黒煙が上がっています。
すぐ側は海に面しているはずなのに、地形の関係で丘に遮られ、隠れてしまっています。
丘とテーブルマウンテンに挟まれたこのタウンシップは、
この美しい南アフリカのネガティブな要素を
徹底的に押し込められているような気がしました。

このキャンプスベイの瀟洒なレストランで給仕する黒人ウェイターも、
仕事が終わればあの場所に帰るのかも知れない、
そう考えるとなんとも言えない暗鬱な気持ちになります。

南アフリカと言えば90年代初頭まで続いた
人種隔離政策アパルトヘイトがあまりにも有名です。
僕自身の捉え方としては、この政策は抑制や押し込み
という性格が強いように感じます。
黒人層が富に妬みを感じにくいよう居住地域を徹底的に区切る。
この掟を破った者は厳しく罰せられたといいます。
被差別層に与えられた土地は暮らすには不向きな土地でした。

また白人層が優位性を保つために教育の段階で差をつける。
教育を受けていない者は、単純作業や力作業といった仕事に着くしか道はありません。

南アフリカの宿や食事は欧州諸国と代わり映えしない質のものが
半額近い価格で享受することが出来ます。
それは大変有り難く快適であることは間違いないのですが、
宿のハウスキーピングや畑の収穫作業、スーパーの店員、
そうした作業に従事する者は決まって肌の黒い人たちで、
それを監督する立場に白人という決まった構図が多くの場所で見られます。
彼らの賃金の低さにおいて成り立つ低価格であることはあからさまでした。
アパルトヘイト廃止後も、多くの被差別層は以前の立ち位置から抜け出せていません。

アフリカ大陸において南アフリカの影響力は絶大です。
一旅行者として触れる一面の大半は経済の部分であるわけですが、
大陸の南端に位置するこの国が、ボツワナ・ナミビアといった隣国のみならず
アフリカ全土を商圏とし、その受け皿として君臨しています。

そして南アフリカ国内においても、
特に都市部ではアフリカの縮図のような光景が見られるのです。

豊かさとはなんでしょう?
アフリカを走っていると、常にこの疑問を投げかけられます。
しかし答えは全く見つからないままです。

僕たちはアフリカを"貧しいところ"として抑えこむことにより
成り立つ社会を形成している気がしますし、
アフリカの人々も、マンゴーやバナナが木に勝手に実るように
与えられることにすっかり慣れ切ってしまっている気がします。

また、もし彼らが西洋的な質の豊かさを求めるならば、
彼らの今の暮らしを変える覚悟が必要だと思います。
しかし、それとは反対に物質的に恵まれた僕たちは、
文明から距離を置いて"心に豊かさを取り戻そう!"
なんて叫んでいるのだから増々分からなくなります。

東~南アフリカの田舎では、
帽子のような形をした茅葺き作りの伝統住宅がよく見られます。
ところが、都市部に入ると途端にレンガや石材を
積み上げて作られた曲がりなりにも近代的な住居に置き換えられます。
アフリカは概ね暑い地域が続きますがそんな地域に
石造りの堅牢な住居を建てると熱がこもって暑くてたまりません。
マラリアを媒介とする蚊の侵入を防ぐという面から見ても、
隙間だらけでガタガタの扉や穴だらけの網戸では全く意味をなしません。
むしろ熱と湿度がこもる分、蚊の温床にすらなっています。

これならば雨を防ぎ、適度に呼吸し風を通す茅葺き住宅で
蚊帳を吊った方が遥かに快適で衛生的です。
度々の葺き替え作業は手間がかかるでしょうが、
昔からこの地に育った知恵を捨ててまで
よその土地の豊かさの表面だけをなぞることに、意味があるのでしょうか。
ただし、彼らにそこまで考えることは出来ないのかもしれず、
そうさせているのは僕たちかもしれません。

アフリカの最後の日は非常に暑い日でした。
フライトまで時間を持て余していた僕は、
近くのスーパーに出かけてアイスクリームを買いに出かけました。
買い物を終え表にあったテーブルに腰掛けようとすると、
ちょうどそこにいた黒人と目が合いました。
彼は笑って椅子を僕に差し出してくれたので、
スーパーの店員かと思ったのですが実際は物乞いでした。
彼はアフリカーンス語で話すので、話は分かりませんでしたが、
「椅子を差し出したからチップをくれ、4ランドでいいんだ」
と言っていることはその仕草で分かりました。

どうしようか一瞬迷ったのですが、
この暑い最中、贅沢品のアイスクリームを手に持っていた負い目や、
空港に向かうタクシー代を除けば
もう南アフリカのお金を必要としないこともあって、
彼の要求する4ランド(約40円)をあげてしまいました。

すると彼は
「これじゃ何も買えない!あと10ランドくれ」と言い出します。
そう言われて困惑していると、スーパーから店の人が出てきて、
彼を追い返します。
その姿はまるで盗み食いが見つかって追い払われる野良犬のよう。
弱々しく遠くへ逃げる彼の後ろ姿に
なんとも言えない痛切な気持ちになりました。

たった4ランドで、僕は彼の欲望を増長させてしまったし、
店の人もお店にそうした人間がくることを拒む。
僕自身も複雑な思いを抱えることになり、
誰一人納得出来る結果にはなりませんでした。

人は優劣関係のピラミッドの中でしか生きることが出来ないのでしょうか。
アフリカの最後の最後まで答えは出ないままです。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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