各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

既知なる道の未知

2014年03月26日

軽いうたた寝から目を覚ますと窓の向こうはどんよりとした冬の空。
昨夏も訪れたスイス・チューリッヒに帰ってきました。

ケープタウンで出会ったスイス人からは、僕が今からスイスに向かうと言うと
「今は暗くて雨が多いし、寒いよ。バスでクロアチアまで南下した方がいい」
と言われてしまいました。
他の場所で出会ったヨーロピアンからも言われる言葉は決まって
「今の時期は止めとけ」と口を揃えるのでした。

しかし自転車乗りというのは、案外融通が利かない生き物です。
昨春、ポルトガルのロカ岬から続いている日本への轍を繋ぐために
僕はわざわざこの時期のスイスに戻ってきたのであって、
轍を切らしてしまうことをとことん嫌うものなのです。
(ちなみになぜ時期を2回に分けたかと言うと
ヨーロッパ諸国は連続で3ヶ月しか滞在許可が下りないため、
再び滞在許可が出るまで一旦アフリカに"避難"していたのです)

だから散々脅かされても、どんなに冬の走行が辛いものになろうとも
僕の意志は固いのです。

空港の入国管理局では、僕が片道切符でやってきたがために
当初、係員は入国を渋りましたが元々、自転車に理解のある国です。
丁寧に僕の旅の経過を説明すると、
最後には「よい旅を」と入国スタンプを押してくれました。

預け荷物の自転車を受け取って、空港入口で組み立てていると
「どこまで行くの?」と次々に声がかかります。

組み立てた自転車に跨って空港を出ると、
きゅっと背筋が伸びるような冷たい空気にさらされます。

ただ、幸いにしてスイスの低地に雪はありませんでした。
走り出すと直ぐにスイスが国内全土に誇る自転車道が始まります。
スイスの自転車道は、それはそれはご丁寧に
ロードバイク向きとマウンテンバイク向きの2種類用意され、
さらにはローラースケート用の道までも整備されているのです。

そうなのです、スイスはこんな風に自転車が市民権を得ていて、
走りやすいことを去年、身をもって知っているからこそ
僕はスイスを選んだのであって、だから冬の道だって怖くないのです。

チューリッヒ中心部への10㎞程の道を行くと、
まもなく見覚えのある道に出ました。

「そうそう、ここのスーパーでお昼にサンドイッチを食べたんだっけ」
「あ、ここのATMでお金を降ろしたんだった。」
次々に懐かしい記憶が蘇ってきます。

基本的には、行ったきりのワンウェイの旅路の中で
こうして同じ土地を再び訪ねることはなかなか新鮮だったりします、
広大に思える地球も箱庭のように小さく感じ、どこか不思議な感慨を覚えます。
街も行き交う人も今はすっかり冬の出で立ちですが、
間違いなくここは知っている街なのです。

街を流れるリマト川の向こうには、大聖堂の2つの塔がそびえ、
橋を渡ると相変わらず工事の終わっていない中央駅前に出ます。

トラムや車、人、自転車が入り乱れる繁華街は
一見するとごちゃついて見えますが、実際はアフリカのそれとは違って
クラクションや怒号が飛び交うでもなく、秩序だって静かに流れています。

中央駅を横目に見ながら、目的の宿へと向かったのですが、
ヨーロッパの初日ということもあり、前もって予約しておいた宿は、
前回も見かけた宿でした。

同じ場所で過去と現在が繋がる感覚は
世界をあちこち旅してきた者だけの特権かもしれません。
今映っている景色で交差した半年前の自分に向かって
これから待ち受けるアフリカ旅へのエールを送ったのでした。

しかし、感慨深くチェックインしたお宿のお値段は、
なんと相部屋のドミトリーベッドで一泊5000円。
そういえばチューリッヒのヨーロッパ随一、
いや世界一ではないかとも言える物価の高さも思い出しました。
街角のソーセージでも一本1000円ほどするような世界です。
どうやら冬のヨーロッパよりも、よっぽど僕の懐の方がお寒い模様。
早速初日からひもじい思いを感じながらも、
同部屋のスペイン人のスペイン語の懐かしい響きが僕を慰めたのでした。

チューリッヒは逃げるように一泊で出ました。
生憎、その日はいかにもヨーロッパらしい曇った冬の空が雨粒を落としましたが、
物価の面から連泊は許されない街です。
寒かろうが冷たかろうが、走り出す他に術はないのです。
午前中、駆けずり回るように必要最低限の防寒具を買い足した後、出発しました。

さて、ここから向こう30㎞も、去年通った道です。
「長い坂が続いて公園が見えたら頂上、そこを右に曲がったらしばらく真っ直ぐ」
完璧なまでに道順を覚えていることに我ながら驚きます。
きっと自分の足で進んだ道だからでしょう
体に叩きこまれた記憶というのは鮮明であり消えないものなのです。

街道沿いの落葉樹たちはすっかり葉を落とし、
寒々とした空気に拍車をかけますが、
代わりにあの時は分からなかった
樹の幹に蔦が絡みつく様子に気が付きました。

しばらく進んでぶつかった湖沿いの道は、
夏のように大きなキャンピングカーが走っているわけでもなく
地元の人の運転する乗用車が、
濡れた路面に飛沫をあげて走り行くだけです。

去年泊まった湖畔のキャンプ場は、冬は営業していないのでしょうか。
入口の看板が取り外されています。

昨年、自転車で来た僕を歓迎してくれ、
他のお客さんにまで僕のことを紹介してくれた
愛想のよいオーナーの顔が浮かびました。
明かりが灯るキャンプ場の母屋に向かって
心の中でそっと彼に挨拶をして先へ進みます。

旅行というものはその性格上、
何度も何度も同じ場所に行くことは少ないはずです。
少なくとも僕の場合はそうですし、
それが海外であったり、宿泊を伴う遠方となれば余計にそうでしょう。
もちろんよっぽど気に入った場所であれば
何度も通い詰めるのかもしれませんが、
"数えきれない程行った"
なんて言うほど訪れることは稀ではないでしょうか?

ここまで僕が言い切る理由は、
旅において、初めてその土地を訪れた時の印象とは最も鮮烈であり、
その後の印象度は段々と逓減していくからと思うからです。
ただしかし、今回こうして同じ場所に
シチュエーションや心持ちを変えて訪ねてみると
意外なことに知った道であっても
たくさんの変化が潜んでいることに気が付くことが出来ました。

さて、知った道もそろそろ終わりです。
道の途切れる場所は、フレディの家でした。
彼とは1年前にパタゴニアで出会い、
スイスに来たら寄って行ってとの言葉に甘えてお世話になった昨夏。
引き続き今回も立ち寄らせてもらうことにしたのです。
変わらず元気そうなフレディと奥さんのヘティ。
家の中の調度品も変わった様子はなく、ホッと一息着くことができました。

その夜、アフリカ旅の写真と物語を肴に囲む食卓は、
あの時のようにビールを飲みながらテラスで食べるBBQでなく、
蝋燭の灯るダイニングテーブルで、ワインを片手に慎ましく食すチーズ料理でした。

変わらないようで変わっているもの。
変わっているようで変わっていないもの。
そんな小さな変化を見つけるために、
同じ場所を訪ねる旅もなかなかいいものだと思った夜でした。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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