各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

郷に入って郷を覗く

2014年04月02日

スイスに来て早数日が過ぎようとしています。
僕はというとフレディの家に転がり込んで、
あっという間に5日を数えました。
「気を遣わずにゆっくりしていっていいのよ」
と言ってくれる奥さんのヘティに甘え、
細々とした雑用をこなしながら、
どんよりとした冬の空が明けるのを待ちました。

今回はそんなスイスのある家庭で過ごし、
気付いた事々について紹介したいと思います。

ホームステイというものは、その国のリアルを知れる大きなチャンス。
それも一日でも長く滞在すればするほど、
ぼんやりとした輪郭もくっきりと見えてくるものです。
むしろたった一日では、ホスト側も"その土地らしいもの"を
味わってもらおうと肩肘張ってしまうこともあるので
出来るならゆっくり腰を据えるべきと思います。

それは日本人が毎日毎晩"SUSHI"を
食べているわけではないように
「私たちだって毎日チーズフォンデユを食べているわけじゃないわ、年に数回」
と笑いながら夕食のパスタを
準備するヘティの言葉には大きく頷くことが出来ます。

一方、ダイニングテーブルではフレディが
「でもスイスにはチーズがたくさんあってね、
これは隣町で作られているチーズ、これは…」
とチーズをつまみながら、スイスの地図を広げ説明してくれます。

本で見知りするスイスの実情より、
こうして現地の人が身振り手振りを交えて、
話してくれることの方が僕には遥かに興味を惹き実感がこもります。
「日曜日の朝はこのバターパンを食べるんだ。
パンだってスイスにはたくさんあるんだよ」

すると次第に話は、スイスではこうだけど
日本ではどうなんだ?という話になります。
それは食事のこと、文化のこと、近隣諸国との関係、原発のこと…
多方面に渡って話は広がります。
あまり英語が得意でない僕は、
持ち合わせの語彙の中で質問に答えることになるのですが、
日本語だったら色々と捏ねくり回した言い回しするようなことも、
英語の場合、シンプルな言葉で返そうとすると、
思いがけず自分の中の感情がストレートに表現できて
自分でもびっくりすることがありました。
ああ自分はこんな風に物事を考えていたのか、や、
知らないつもりだった自分の国のこと、結構知ってるんじゃないか、と。
他の言語で話すことは
案外自分の内面を写す合わせ鏡なのかもしれません。

そうそう、語学といえばスイスは
ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の
4つが公用語で、英語も含めて、スイス人は
バイリンガルやトリリンガルが当たり前かと思っていましたが
最大多数のドイツ語圏に住むフレディは、
フランス語もイタリア語も分からないと言います。
スイス人は皆、語学の達人かと思っていただけに
そう聞くと何故かホッとしました。

夕食は毎晩僕とヘティで交互に作りました。
彼らが有りのままのスイスを見せてくれるように、
僕も"普通"の日本食を食べてもらいたいと思い、
豚の生姜焼きを作り、うどんを捏ね、
お寿司よりもこっちのほうが大衆的だよ、と鉄火丼を作ったりしました。

特にうどんのタネを入れたビニール袋を足で踏む作業は
二人とも面白がってやってくれました。

アルプスの水で作るうどんは、
これまででも最高に美味い麺が出来上がり、
二人には日本スタイルで
「ズズズッ」と音を出して食べてもらいました。

この時のうどんはワカメと卵を乗せた
月見うどんで食べてもらったのですが、
物価の高いスイスでも卵は特に高く、
6個パックで600円前後します。
というのもスイスでは、
ケージに入れて計画飼育するいわゆるブロイラーは禁止されており、
また、与える餌なども厳しくルールが決められています。
これにより一般的な卵より手間と人件費がかかるため、
販売価格があがるのです。

また、卵に限らず農産物に対しても規制が厳しくなされ、
農業政策は有機農が推進されています。
そのためこちらも、手間と人件費が価格に転嫁されることとなります。

スイスと言えば「アルプスの少女ハイジ」に連想される山岳風景と
たおやかな草原を思い浮かべる人も多いことでしょう。
実際にスイスは国中に長閑な牧草地帯が続き、
その背後に雄大なシルエットをした峰々がそびえています。

そんな美しい景観を保護する上でも、
規律ある農業政策は密接に関連づけられていて、
物価の高さにはそれなりのワケがあるのです。

ヘティとスーパーに買い物に行ったときのこと。
店内は有機商品を意味する
"BIO"マークのついた商品がたくさん目につきます。
マークのついていない同じ商品に比べ、1~2割は高い値段ですが、
スイスの人々は進んでBIOマークの商品を手に取るそう。
その商品をカゴに入れ、
「私はスイスが好きだし、支えていきたい」
というヘティのような考えを持つ人々によって
私たちの頭の中にあるスイスの原風景は保たれているのです。

しかし近年、国外資本のスーパーが街の郊外に出店していて、
圧倒的な値段の安さを武器に消費者を呼び込んでいます。
また、九州地方ほどの面積のスイスは、
フランス、ドイツなどのEU圏に囲まれているため、
国境付近の住人は国境を渡って
物価の安い国に買い物に行くこともあるのだとか。
永世中立国として独特の思考を持つスイスですが
このように少しずつ国際的な消費マインド流れこんでいることも事実であり、
そうしたことでスイスの景観が
破壊されることだけはないようにと願うのは
傍観者としてこの国を覗く観光者のわがままでしょうか。

話は変わります。

ある日、フレディが街の自転車屋に連れて行ってくれました。
行ってみてびっくり。
駅の近くにあるその自転車屋の品揃えは
どこよりも品数も、質も良いものばかりです。

特に驚いたことは、
自転車屋であるにも関わらず自転車"本体"は
入口にある数台を除いてほとんど置いてありません。
店内を埋め尽くすのは自転車のウェアや、ヘルメットを始めとした
アクセサリーや交換用のパーツばかり。
そして地図からキャンプ用品に至るまで、
本体はないけれど何でも自転車に関わるものは何でもあります。
この街は人口2万人の小さな町であるにも関わらず、
今、僕がしている自転車世界一周をするための
装備すらここで揃ってしまうほどです。

ただ、スパイクの入ったタイヤや防水仕様のカバンは
何も冒険旅行だけに求められるものではありません。
凍結した路面や暗く冷たい雨の降るスイスの長い冬でも
自転車に乗るために必要なもので
品揃えのベースはあくまでスイスの気候があってこそ、です。

とはいえ、海外を旅しているとスイス人にはよく出会います。
スイスの人口は約800万人だそうですが
その人口比率からは考えられないほどに世界各国で出会いました。
それも僻地や陸の孤島に近いようなところで会うことが多く、
スイスのサイクリングロードと変わらぬ手軽さで
自転車やトレッキングを楽しんでいます。

かくいうフレディとも、
彼があのパタゴニアの無人の荒野を歩いて旅している時に出会っていたのです。

本当にスイス人は体を動かす旅が好きだなぁと
漠然と心のなかで思っていたのですが
この自転車屋を見て、なぜスイス人と異国で出会うことが多いのかが
すっきりと納得できた気持ちになりました。

彼らにとっては、アンデスの果てのない九十九折りも
ナミビアの熱波のうねる灼熱砂漠も
決して大袈裟な冒険ではなく、
日常のちょっとした延長として捉えているのかもしれません。
少なくともここはそう思わせる空間でした。

さて、天気予報では明日から数日晴れの日が続くようです。
寒くて濡れた走行ほど、気持ちが滅入るものはありませんから、
明日出発することに決めました。

納得のいく理由のある物価の高さとはいえ、駆け足になりがちなスイス。
そんな国でゆっくり過ごし、この国の生の姿を見せてくれた二人。
本当にありがとう。
今度は是非、僕の国で会いましょう。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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