地元の者に地の利有り
僅か160平方kmの国土面積のリヒテンシュタイン。
リヒテンシュタイン家の統治するこの国は、
小さいながらも世界的シェアを持つ薄膜コーティング会社や
義歯加工会社などの精密産業や、
低い税率の下、世界中からペーパーカンパニーの集まる
タックスヘイブンとしても知られています。
また、記念切手の発行による外貨獲得も非常に盛んで
首都のファドゥーツには切手博物館もあります。
君主のリヒテンシュタイン家は、国家面積以上に、外国に土地を所有し、
スイスと同じくEUには加盟しておらず、流通通貨はスイス・フラン。
国際外交や軍事はスイスが代行する、というスイス以上に独特な国でした。
たった3時間でこの国を縦断し、オーストリアへ。
この国には、また近いうちに戻ってくるとして、一旦ドイツへと北上します。
昨年も旅したドイツ。
あの時は、そのほとんどをライン川に沿って走り、
オランダの港町ロッテルダムへと抜ける旅でしたが、
そのライン川を川上へと辿ると
スイス・ドイツ・オーストリアの三国に跨るボーデン湖へ出ます。
今回はボーデン湖に浮かぶ小さな島リンダウを訪ねました。
リンダウには南アフリカで出会ったミカエルとスザンネが営むチーズ屋があります。
二人とは、とあるビーチで一緒にカヤックを楽しみ、
数日後、ケープタウンの街を散歩している時にもまた再会していました。
こう偶然が重なると、お互い親近感も生まれるもので
「ドイツに来るなら寄っていって」と誘いをもらっていたので、
それは是非、ということで立ち寄ったのです。
今回は貰っていたお店のカードを便りに突然の訪問だったにも関わらず
「よく来たね」と温かく迎えてもらいました。
リンダウは、徒歩で1時間もあれば歩き回れてしまうほどの小さな島。
その島の旧市庁舎の裏手にある二人のお店は、小さいながらも、
常に客足が絶えず賑わっていました。
スイスでもチーズは食卓の必需品であったように
ドイツでもそうなのでしょう。
閉店後、チーズを買いに駆け込んできたお客さんのために
お店を開け直している姿は
いかにも地元に愛されるお店の姿に映りました。
言葉は分かりませんでしたが、
『遅くにごめんなさい、でも今晩のチーズを切らしてしまって
』
「そりゃあ大変だ、はい100グラムだね」
そんな会話に聞こえた微笑ましい光景でした。
ちょうどこの日は、カーニバルやファッシングと
呼ばれるカトリックの謝肉祭の始まりの日。
「ずいぶんいいタイミングできたよ」と言われながら見物したパレードは
この辺の名産である洋ナシや牛、炎などを象った衣装を着た人たちが
鼓笛の音に合わせて練り歩くものでした。
夏にはリゾート客で溢れかえるこの街も
今の時期は地元の人間しか歩いていません。
2万人強の小さな街のパレードは、
お世辞にも華やかとは言えず、ローカル色の強いものです。
だから何の前置きもなく見ていたら
きっと"何だかよく分からない仮装パレード"
で済ましてしまっていたことでしょう。
けれど、二人の解説によってこのパレードは
冬の終わりを祝う行事であり、
イースター前、四旬節の節制生活を控えた最後の祝宴が起源の
大事な行事であるということを教えてもらいました。
この時期の街のパン屋のショーケースには
粉砂糖をたっぷりまぶした揚げパンのようなものが売っていますが、
これはクラプフェンといってこの時期に食べられるものだそう。
中にはジャムがたっぷり入っていて、懐かしい味わいがします。
パレードの後は、湖に面した港を案内してもらいました。
中世の時代にはボーデン湖の物流の拠点として栄えたこの街の旧灯台は
マクシミリアンⅡ世が建てたものだとか。
ライン川はこのボーデン湖の先で一旦急な滝に変わりますが、
嘘か本当か、彼はそのことを知らず、
ライン川を利用して大西洋まで物流網を広がるために
旧灯台を建ててしまったと教えてくれました。
また、新灯台の隣のライオン像に刻まれたアルファベットは、
ラテン文字で作られた年代を表しているのだそう。
こうして地元の人に教えてもらいながら、
街を歩くと自分がそのまま通りすぎてしまう場所にも
様々な物語や意味があるのだと気づきます。
特にヨーロッパは歴史が長いこともあって、
それらの関係性を知っておかなければ
立派な建築も、威風堂々とした凱旋門や銅像も
ただ眺めるだけになりがちです。
そうなると、せっかく異国を訪ねているにも関わらず、
印象はずいぶんと希薄になりがちです。
だから街のことを知るには街の人に聞くのが一番。
ガソリンスタンドでの休憩時や、宿にチェックインした時、
パン屋に朝食を買いに寄った時、チャンスはいつだってあります。
「あの像は何なの?」
「途中、たくさんブドウ畑を見たけど、ワインが有名なの?」
世間話に尋ねれば、びっくりするぐらい細かく教えてくれます。
地元の人の口から聞く情報は、活字や映像で手に入れる情報とは別の
立体感や奥行き、興味を与えてくれるように思います。
少し大袈裟な話ですが、
文字文化が地球のほとんどに存在するようになった今でも
一部では語り部が存在し、伝承や口伝が行われていることを見ても
地元の人の口から語られる話というのは、特別な説得力があると感じます。
それに、地元ならではの穴場情報も彼らはたくさん知っています。
安くて美味しいレストラン、次の街への近道、この辺りの治安
どれもガイドブックには載っていない生の声です。
2~3人に尋ねて、全員から同じ答えが返ってきたら、
それは鉄よりも硬い、信頼出来る確かな情報になるのです。
また、縁あって、時折こうして現地の人を訪ねる機会がありますが、
彼らは本当によく自分の街のことを知っています。
歴史や、名産品、街の産業について
話し出したらきりがないほど。
そして自分の街を語るためには隣町や属州のことも
知らなければなりません。
ふと、あの港のライオン像があまりにも綺麗に残っていたので
なぜ世界大戦の時に破壊されなかったのか尋ねてみました。
それは、同じボーデン湖に面した隣町の
フリードリヒスハーフェンやコンスタンツの方に
飛行機関連の会社がたくさんあったから、
そっちに攻撃が集中したそうです。
なるほど、確かにそれは分かりやすいですが、
でもやっぱりちゃんと土地のことを知らないと、
すぐに出てくる答えではないと思います。
翻ってみて、自分はどうでしょう。
ちゃんと生まれ故郷について知っているでしょうか。
ちょっと自信がありません。
彼らの振る舞いは、その土地を知るきっかけになるばかりか、
自分の郷里について少し考えるきっかけにすらなっているようです。
いつか僕も日本でゲストを迎えることになったら、
住んでいる街のことぐらいは話せるようになっておきたいものです。
"外の世界を見てみたい"そんな思いで始めた旅ですが、
こうして"内の世界"や"スモールワールド"を
掘り下げていくのもなかなか面白そうです。
将来、二人が日本に遊びに来てくれた時、
二人のように今度は僕が僕の街を紹介するためにも。
一つ、日本に帰ってからの目標が出来ました。