各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

キッカケの作り方

2014年04月23日

ドロミテ街道から下りてきました。
道中は、数㎞走るごとに立ち止まり、背後に広がる苦灰岩の山々を見上げては、
後ろ髪をひかれる思いで走りました。

海抜0メートルに近いところまで下りてくると、
アルプスの反対側とは明らかに気候が変わっていることに気づきます。
あれはアーモンドの花でしょうか。
ピンクの木々が目に優しく飛び込んできます。
自転車に乗った集団もよく見かけるようになりました。
地中海側は春の訪れまで、あと少しのよう。

やってきた水の都ベネツィア。
"アドリア海の真珠"とも呼ばれる海に浮かぶ島々は、
大小の運河によって結ばれる世界屈指の観光地。
街の移動はゴンドラというボートや水上バスを利用することになり、
車はおろか、自転車すら利用不可です。
つい先日まで、雪の中ですら自由に走り回れていたのに、
人の作り上げた街を自転車で走れないなんてちょっと皮肉です。
おかげで、中心部から数㎞離れた大陸本土のキャンプ場に滞在することになり、
ほとんど観光らしい観光はしないままでした。

さて、このベネツィアからスロベニアやクロアチアなど
旧ユーゴスラビアの国々までは眼と鼻の先です。

ですが、ここで少し寄り道をしてイタリア半島を南下することにしました。
というのも先日のドロミテを走っていた時、とある峠でニコラという
イタリア中部のフィレンツェに住む女性と知り合い、
「よかったら夕食を食べに来て」と誘ってもらっていたのです。

元々イタリアはドロミテを走ったら、すぐ旧ユーゴ諸国に、と思っていました。
しかし、イタリアの地方色豊かな食文化も興味深く、
それらをほとんど体験することなくこの国を去るのは、
少しもったいないという気持ちもありました。
なかなかレストランに行く機会もなく、
(そもそもこの国のレストランは一人で行く場所ではない)、
歯がゆい思いをしていたのですが、
イタリアの家庭料理が食べられるとなれば願ってもないチャンスです。
僕は二つ返事で、フィレンツェに行く約束をしました。

ベネツィアからフィレンツェまでは、約3日の距離。
寄り道というには少し遠い距離ではありますが、
招かれた夕食のために遠路はるばる自転車を漕いでいくことも、
なかなか出来ない贅沢ではないでしょうか。
悩んでいたヨーロッパのルート作りに
一筋の光明が差し込んだようで心がフッと軽くなる思いでした。

南米やアフリカの旅は、岬や端を目指す旅であって、
自ずと走る道が決まってくるような気楽さがありましたが、
ヨーロッパの旅は国々がそれぞれ長い歴史を持ち、
訪れる一つ一つの街が観光地のようなものなので、ルート作りも実は難しいのです。
ガイドブックも頭がパンクするほど情報が溢れかえり、
ともすれば街との付き合い方が希薄になりがちです。
そんなとき、ひょんな出会いが僕の行く先にクサビを打ってくれる。
そのクサビを繋いでいけば自ずとルートは出来上がる。
そんな風に旅の行き先を決めることもなかなか良いものです。

思い返せば、スイスのフレディ・ヘティ夫婦も、
ドイツのミカエル・スザンネ夫婦もそう。
このブログでは紹介していませんが、昨夏のヨーロッパ走行でも
スペイン・フランス・オランダ・イギリスと各国で一宿一飯のお世話になってきました。

たくさんの見所があるヨーロッパ、単に本で見た内容に沿って街を観光するよりも、
そこで暮らす人の声を聞きながら、その土地を覗いたほうが面白さは倍増します。
だから、何かお誘いがあったら出来るだけ飛び込んでみるのです。
僕の旅は先の予定なんて、あってないような旅だから、断る理由はありません。

ベネツィアを出発するときに、彼女と待ち合わせのメールのやり取りをしました。
約束は3日後の18時に彼女の仕事場事務所。
僕は携帯電話を持っていないので、待ち合わせに遅れないように走らなければなりません。
ところが、フィレンツェへと向かう最後の峠越えの際に、
あろうことか道を間違えてしまいました。
それも結構な距離を戻って、さらに登り直さなければいけません。
落ち込む時間ももったいなく、慌てて来た道を戻り、
汗をポタポタと垂らして峠を登りました。
午後5時、長い下り坂の向こうにフィレンツェの街並みが見えた時は、
本当に胸を撫で下ろすような気持ちで、
こんな風に誰かを想って走る感覚は、とても懐かしく新鮮に感じたものでした。

時間通りに事務所を訪ねると、彼女は心から歓迎してくれ、
疲れたでしょうと、早速地元トスカーナ地方のワインを振る舞ってくれました。

すぐに近所の友人たちも訪ねて来てみんなで食卓を囲みます。
イタリアでは家庭でもコースで順序良く食べるのでしょうか。
チーズ、サラミの前菜のあとは、トマトソースのパスタが出て、
メインには豚肉のグリルとソーセージが順に出されます。
全体的には素材を活かしたシンプルな味付けなのですが、
付け合せのポテトなんかにもローズマリーで風味付けしてあって
随所にイタリアっぽさが光ります。
「こんな美味しいポテト初めてだよ」
そうおどけてみせると、彼女たちは嬉しそうに笑ってくれました。

対してドルチェ(デザート)はとても手が込んであります。
フィレンツェ発祥だというズコットのケーキは、
アルコール分を含んだスポンジに半冷凍のクリームが詰まったもので、
砕かれたナッツが風味にも食感にもよいアクセントになっています。

また、写真は既に崩れたものになっていますが、元々は半球状のドーム型で、
街のシンボルである大聖堂の形を模したものだそう。
食事のあと、車でナイトツアーに連れて行ってもらいましたが、
街の全景を見渡せる高台から大聖堂を見た時は、あぁなるほどと思いました。

お腹がはちきれんばかりに食べさせてもらい、
酔いもまわった僕は、すっかり饒舌になってこれまでの旅の話をしていました。
ほんの数日前には考えてもいなかった場所で、素敵な人たちと食卓を囲んでいる。
あぁこれが旅だなぁと、ふわふわした頭の中で思いました。
こんな出会いがこれからあと何回あるのでしょう。
いつだってそこに飛び込める気持ちの余裕は持っていたいものです。

さて、ニコラたちと素敵な食事を楽しん後は
再びベネツィアに戻るのですが、良いタイミングは重なるもので
1年前に南米で出会った友人がちょうどイタリアにいると連絡をもらっていました。
彼が週末、ミラノでサッカーの試合を見ようと誘ってくれたので、
帰り道は列車でミラノに寄り道することにしました。

ところでヨーロッパの長距離列車というのは、概して改札がありません。
これは性善説にもとづいて、"ちゃんと切符は買っているもの"
として改札がないものだと思っているのですが、実際はどうなのでしょう?

久しぶりの列車ということで、気分も高揚し、発車の時を今か今かと待ちました。
列車が走りだすと、間もなく車内改札が始まりました。
ところが車掌に切符を差し出すと、彼の表情が曇ります。
聞けば、何やらイタリアでは改札はないけれど、
駅にある機械で乗車日を打刻しなければいけないそう。
打刻していない場合は罰金40ユーロ。
僕の場合、自転車もあるので80ユーロだと言うではありませんか。
寝耳に水を浴びせられたような気分でしたが、「知らなかった」は通用しません。
今回は40ユーロで見逃してやるというので
しぶしぶ罰金を払うことに。
後で、駅でその機械を探してみると、こんな目立たない小さな機械でした。

人を訪ねて寄り道することは、旅の醍醐味の一つではありますが、
慣れないことはやるべきではない、ともしみじみ痛感した車内の出来事でした。
あぁ、僕の40ユーロ…

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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