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私を守るターコイズ

2014年06月04日

ブルガリア第二の都市プロヴディフのあたりから、
バルカン半島の間ずっと続いていた山岳地帯が終わり、トラキア平野が広がりだしました。
ブルガリア帝国とオスマン帝国などにより混交を繰り返してきた
この土地に住む人々の顔つきは、ぐっとアジアに近づいてきたように思います。

ブルガリアから40kmだけギリシャの丘陵地帯を走り、トルコ国境へ。
ギリシャとトルコと言えば、地中海のキプロスにおいてギリシャ系住民とトルコ系住民の対立が続き、外交関係は冷えきっています。

そんな情勢を示すかのように、通った国境はかなり小さなものにも関わらず、
国境線上には、自動小銃を携えた兵士が双方に立っていて緊張ムード。
ギリシャ国旗の書かれた青のゲートをくぐった先に、
赤色をした大きなトルコ国旗がバタバタとたなびいていました。

無事入国スタンプをもらって、いざ走りだすと
黒のスカーフをかぶった学生ぐらいの女の子たちを最初に見かけました。
通りに面した無数にあるカフェでは、
濃ゆい髭をたくわえた親父達が日がな一日チャイを啜っています。
街道に僅かに香るシーシャの甘い匂い。
ぼんやりとした空の向こう側には丸みを帯びたモスクと天を刺すミナレット。

つい5分前にいた世界とのあまりの違いに、ちょっとした錯誤感を感じながら、
いよいよ始まったイスラムの世界に心は浮き立っていました。

さて、そんなトルコにちなんで今日は
僕がずっと大切に運んでいるトルコ石のお守りを紹介したいと思います。

このマクラメ編みで紡がれたペンダントは2年半前、
メキシコで出会った打越一家からもらったものです。
一家はトシさんとヒロミさん夫婦と高校2年生のリコちゃん、
そして小学6年生のソウマの四人で
当時、世界一周旅行をしていたのでした。

一家とは、中米各所で再会を繰り返していて、
みんなでマヤの遺跡を見に行ったり、温泉の湧く宿で一緒に湯船に浸かったり、
僕の中米旅を振り返ってみると、各地で打越一家と過ごした情景が思い出されます。

幸せのオーラを全身から発し、よく笑う家族は、
今よりもずっと猜疑心の塊であった僕の心を解きほぐしてくれたものでした。
何よりも旅を通じて育まれてきた家族間の信頼関係は、
側で見ていた僕に、こんな家族をいつか持ちたいと思わせ、
打越一家のような家庭を築くことは、旅を終えてからの目標の一つです。

そんな打越一家とのある別れの時に、彼らからもらったものがトルコ石のペンダント。

トルコ石はその名前の響きの通り、トルコに関わりがあります。
古来、トルコ石の一大産地であったペルシャから産出された石が
トルコを経由してヨーロッパに入ってきたためそう呼ばれ、
一般的にはターコイズの名前で親しまれています。
(トルコ自身に産出があるわけではありません。)
銅やアルミニウム・リンを主成分とする鉱石で、
外観に斑点の混じった青や青緑の色合いは二つとして同じものが無く、
昔から宝石としても珍重されてきました。
保存環境によっても刻一刻と風合いが変化していくトルコ石は
シルクロードの交易品であるとともに行商隊の旅のお守りであったそうです。

そんな意味もあり、打越一家は僕の旅の安全を祈って、
マクラメ編みで作ったこのトルコ石のペンダントを
プレゼントしてくれたのでした。

「伊藤ちゃんは、もううちの家族なんだから。
絶対に生きて日本に帰ってきてよ」
臆面もなくそう言うトシさんに、
当初の僕は気恥ずかしいような戸惑いを感じたものですが、
この言葉は時間を経るごとに、じんわりと心に染み入ってきます。
別れの度に、いつもギュッとハグをしてくれるヒロミさんとリコちゃんにも
やっぱり僕の心は温かいものを感じたのでした。
歳相応にいつも漫画に夢中だったソウマも別れ際には必ず
「伊藤ちゃん、また会おうね」と言ってくれ、
彼なりに世界の距離感をもってさよならをしてくれているのかな、と思いました。
こんな風に僕に期待して、待っていてくれている人たちがいるのだから、
僕はとにかく無事に日本に帰って、『ただいま』を伝えなければならないのです。

僕の旅は決して冒険的な意味を含んだものではないにせよ、
振り返ってみると少なからず、生死の境目に立っていたこともありました。
テントが宙へと吹き飛ぶような強風のアンデス、
巨大な岩石が目の前を転がり落ちていった6000m峰の登山、
狂気のトラックドライバーしか存在しないタンザニアの国道…
どれもあと少しのズレで、僕はもしかしたら生きていなかったかもしれません。

だから、このペンダントを見る度に、あの時トシさんが言ってくれた言葉が
言霊として石の中に宿っているように思えてくるのです。
特別何かの宗教に対し信心深いわけではない僕ですが、
トルコ石に宿る八百万(やおよろず)の神は
道中の危険から僕をずっと守っていてくれていたのかもしれません。

構成成分の結合の弱いトルコ石は非常にデリケートな石で、
人体から出る皮脂や、汚れによって色が変化をしていきます。
僕のペンダントも当初はより青がかった色をしていましたが、
今ではすっかり色調が変わってしまいました。
宝石として見た場合、それは価値を落とすことになるのでしょうが、
僕にとっては決して悲観することではありません。
訪ねてきた国々の空気に触れ染め上げられた色であることは間違いないし、
この色合いの変化の分だけ僕を死線から守ってくれた証なのですから。

あれから旅を終えて日本へと戻った打越一家。
ヴィジュアルデザイナーとして活動を再開させた
トシさん、ヒロミさんの活躍の様子は、今やインターネットを通じて
海を隔てたこちら側でも目にする機会があります。
高校生だった長女のリコちゃんは、
大学に通いながら、今や女優として自分の進む道を見つけたようだと耳にしました。
小学生だったソウマは僕が旅を終える頃には高校生です。
多感な時期に多くの価値観に触れたソウマがどんな大人になっているのか、
今から楽しみで仕方がありません。

打越一家にまた再会する時、このトルコ石のペンダントは
どんな色合いになっているのでしょうか?
これからも、どうかその時まで、
僕の守護石として胸元で輝き続けていてください。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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