ナンバープレートの齟齬
トルコと言えば、しばしば議論になることが、
ここはヨーロッパなのかアジアなのか、ということ。
国土のほとんどが小アジアと呼ばれるアナトリアに位置し、
国民の大半は世俗的ながらイスラム教であるため、
この国はアジアだという見方が一つ。
もう一方でEU加盟国ブルガリアや、ギリシャを隣国に持ち、
経済的にも歴史的にもヨーロッパ側との結びつきが強いため、
ここはヨーロッパだという見方もあります。
実際に、トルコ人の多くはヨーロッパの一国であると自認していて、
経済やスポーツなど各種団体はヨーロッパの団体に所属しています。
そして名実ともにヨーロッパに仲間入りすべく、目下の目標はEU加盟です。
しかし、トルコはEU加盟(当時はEEC)を
1970年代の比較的早い段階から表明しているにも関わらず、
昨年EUへと加盟したクロアチアなどの後発組に後手を取っています。
そんな状況でありながら、僕がトルコに入国してみて実際に感じたことは、
直前にいたEU加盟国であるブルガリアと比較してみても明らかな
街の規模や経済の勢いです。
どこか共産主義時代の面影を感じさせた仰々しくギラギラとしたビルは、
西欧風の近代的なビルに置き換えられ、
旧ユーゴスラビアのEU未加盟国ではまず見かけなかった
西欧資本のスーパーマーケットやファストフード店も見かけるようになり、
道路も真新しく広く舗装されています。
人々の服装も男性はもちろんのこと、
イスラム教に倣ってヒジャブで顔を覆った女性も、
顔から下は有名なブランドものの服や靴を着用しています。
だから"経済規模"という観点で見たら、
どうしてこの国がEUに加盟できないのか不思議に思うほどです。
片田舎の街々ですら現代的な生活には事欠かないほどに整えられ、
それらを走り抜けてイスタンブール近郊までやって来ました。
かつてコンスタンティノーブルの築かれたこの街にある
アジアとヨーロッパの境目ボスポラス海峡までは約30km。
この辺りから一気に交通量が増え、これまでにも増して高いビル群が目立ち始めました。
いよいよイスタンブール都市圏に突入したようです。
これほどの街の規模はメキシコシティ以来。
実際にイスタンブール都市圏は1300万人を超えるメガポリスを形成しています。
思った以上に巨大なイスタンブールは、自転車で走るにはとても不向きな街でした。
ペルーのリマのように車の往来が激しい幹線道路を命からがら走り抜け、
住宅街に迷い込むと、そこはウガンダのカンパラのように丘だらけで、
そこを車が無秩序に走り回っていました。
一車線の道路に、時には車が三台並走していたり、平然と逆走をしてきたり。
ウインカーなんて誰も出さないので、突然車が目の前を横切ったかと思えば、
大型バスとバスの間にサンドイッチされてしまったり
。
(その間は肩幅分しかないのです
!)
複雑に入り組んだ道は旅行者泣かせの迷宮です。
五時間かけてようやくボスポラス海峡に辿り着いた時には、
日も暮れかけて、心身ともに擦り切れた僕は、
目の前に映るアジアに感慨に浸る余裕などありませんでした。
トルコを走る車は、アフリカや南米と違って
多くが流線型のフォルムをした見た目にも真新しい車ばかりです。
それにも関わらず、運転をする人々のマナーは全くよく有りません。
信号もなかったり、あったとしても何故か機能していなかったり。
歩行者は車の波をうまい具合にくぐり抜けて道路を渡っていますが、
こんな状況で事故が起きないことが不思議なくらいです。
タンザニアで感じた車優先社会の恐怖を、
まさかこれほど経済的に発展しているトルコで感じるとは思ってもみませんでした。
車優先社会は、力あるものが偉い社会であり、ミスを許さない社会です。
少し説明を加えるとそれは、「どけどけ、車さまのお通りだ」と車が大手を振って走り、
歩行者が例えば靴紐を結んだり、何かを落として突然立ち止まるということは
全く想定されない社会です。
自転車などもってのほか。
街の規模の割に、自転車人口は圧倒的に低く、
街で見かける自転車屋にはミラーなどの防犯グッズが非常に目立ちます。
個人的な意見ですが、交通弱者に対しての配慮があるかないか、
ここに僕は先進国と呼ばれる国と開発途上国の分かれ目があると思います。
建築物や人々の服装、交通機関そういったものが、
ぱっと見、近代的になっていったとしても
内面を変えていくということはとても難しいものです。
分かりやすい例として、トルコの多くの交差点では、
欧州に倣いスムースな交通の流れのために
ラウンドアバウト(ロータリー)式を採用していますが、
この国ではどの車も我先にと突っ込んでしまうために、
結局渋滞が起こり、互いを煽るクラクションが耳障り悪く響きます。
いくら経済的に発展を遂げたとしても、その力を行使する者の心が伴っていなければ、
誰にとっても優しい社会は実現出来ないような気がします。
だから、そこにこそトルコがEU加盟のカギがあるように思います。
EUの前身であるEECは域内の関税同盟と農業政策を軸とした経済同盟ですが、
1993年に発足したEUは加えて外交や司法に関しても協力関係を求められ、
単純に経済活動が活発なだけでは加盟が難しいのです。
トルコは外交においてギリシャやアルメニアなどと問題を抱えていて、
国内においても東南部を中心に居住するクルド人地域で争い事が起きています。
EUはこれら問題解決を連合加盟への課題として挙げています。
しかしながらトルコにとってEU側に政策をシフトしていけば、
クルド人地域の独立活動が活発になる恐れがあり、板挟み状態にあると言えます。
また文化共同体的な意味合いも包有するEUでは、
イスラム教国家であるトルコの影響を警戒している節もあります。
国民の悲願であるEU加盟には多くの障害が立ちはだかっていますが、
ここで面白いものが、ナンバープレートのデザインです。
トルコのナンバープレートはEU諸国と同じデザインをしていて、
左側にヨーロッパのシンボルカラーである青があしらわれています。
EUのナンバープレートとの違いは、
その青地の上にEU加盟国を表す星印があるかないか。
つまり、トルコのナンバープレートはEU加盟が承認されれば、
すぐに星を付け足してEU仕様のナンバープレートにする準備は万端なわけです。
しかし、印を付け足すための道のりは近いようで実は遠いということは、
これまでに書いた通りです。
外国人である僕が見たトルコの車優先社会とその先に展望するEU加盟。
いかがだったでしょうか。
大分恨み節のように書き連ねてしまいましたが、最後に付け加えておきたいことが
車を運転しているトルコ人当人たちの自意識です。
ある時、あまりに乱暴な運転に肝を冷やし、「あぁ!もう!!」と叫んだのですが、
車の運転手は悪びれる様子もなく、むしろ自転車の僕を応援するかのようなジャスチャーと笑顔をフロントガラス越しに見せて去って行きました。
とすると彼らにとって、この車の運転は横暴でも何でもない運転のようです。
だからこそ、余計に青字のあしらわれたナンバープレートが
皮肉に見えてしまったのですが
トルコ人、人はとっても親切な人ばかりなのですがねぇ 。