各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

暮らすように旅をする

2014年07月16日

乾いた風の舞うアナトリア高原を順調に東進していたのも束の間、
イスタンブールに戻ってきてしまいました。
いったいどういうことなのかというと、
今後予定しているVISAの必要な中央アジアの国々で、タジキスタンのVISAに関しては、
このあたりで前もって取得しておかないとVISAの発行日数も含めて
今後のスケジュールがギリギリそうだと分かり、イスタンブールに戻ってきたのです。
基本的にはワンウェイの自転車旅の中で、
戻るという行為は多少なり抵抗があるものですが、
馴染みのある街に戻ることが出来る、それもお気に入りの街に戻れる、
そう思うと心は浮足立ったのでした。
だからVISAの申請とはイスタンブールに戻るための
体のいい言い訳だったのかもしれません。

3週間ほどかけて走った道のりも飛行機に乗ってしまえばわずか1時間30分。
飛行機のタラップを降りると、
夏の到来を感じさせる湿気た空気がこの街に帰ってきたことを実感させました。

前回一月近く滞在していただけあって慣れた足取りでバスとフェリーを乗り継ぎ、
定宿のあるべシュクタシュ地区へ。
歴史地区から少し離れた新市街にあるこのべシュクタシュ地区は、
地元の人による地元の人ための街。

活気ある商店街の入口では、3週間前と同様に
トルコの弦楽器であるサズ弾きのおじさんが一心不乱に歌っていて、
その隣には鼻に大きなガーゼをつけたスパイス売りがいるのも相変わらずでした。
商店街の中程の角を曲がった先にある宿に行くと、
スタッフのヒドとオズギュルが「お帰り」と僕を出迎えてくれました。
荷物を置いて、さっそくお昼ごはんを食べに向かったいつものケバブ屋は今日も大行列。
ケバブを食べても腹が満たされなかった僕は、屋台に胡麻パンを買いに向かいました。
店番の少年は、以前僕が毎日あれだけ通っていたにも関わらず、
なお値段をボッタクってきたのですが、
このやり取りですら、いつもの日常が帰ってきたと感じさせるものでした。

あっという間に巻き戻されていく時間。
あたかもずっとこの街に住んでいたような軽い錯誤感に思わずニヤけてしまいました。

以前書いたようにイスタンブールは都市の成長に
交通機関をはじめとしたインフラ整備が追いついておらず、
自転車で走る分にはこの上なく最悪です。
しかし、住むとなると話は別で、
ここは混沌の中に自分の居場所があるような不思議な居心地を持った街です。
近代商業施設が溢れ、暮らしに必要な物が過不足なく手に入る中で、
通りの露店では、一見ガラクタのようなおもちゃやタバコのバラ売りをするものがいる。
一日数回、アザーンの流れるイスラム教のモスクがある一方、キリスト教の教会もある。
道行く人々の格好も顔立ちも様々です。
まさにここは東西の十字路。
古くから異文化に染まり染められてきたこの街は、
どんな人間であっても受け入れてくれるような大らかさがあるようで、
ここでしばらく暮らすのも悪くないな、と思わせる街なのです。

そんな風に感じてしばらく滞在した街はイスタンブール以外にもいくつかあります。
メキシコのアグアスカリエンテスで2ヶ月、エクアドルのキトで1ヶ月、
アルゼンチンのエル・カラファテで1ヶ月、スペインのレオンで1ヶ月。
その他の街でも1~2週間単位での長い休息をしてきました。

そこに住む人の家にお世話になったり、気に入った食堂に通い詰めたり、
日本から送られてくる荷物を待っていたり…
長く滞在した理由はそれぞれにあるのですが、不思議と退屈はしませんでした。
滞在が一日一日と延びるごとに、
気になっていた飲み屋に足を運んでみたり、
散歩中に声をかけてもらうことが増えたりと、
街の顔が見えてくる感じがなかなか楽しいものでした。
だから僕がその街のことを振り返る時、思い浮かぶのは街の風景ではなくて
そこに住む友人の顔や、食堂のおじさん、毎日頼んだ定食の味だったりするのです。

移動続きの旅が毎日続くと、寝る場所が決まっていることや、
味の分かっている食堂がある、自分を知っている人がいる、
そういった安定を求める気持ちは非常に強くなります。
旅の英気を養うという意味でも、ある時一箇所に長く滞在することは、
旅にとっての非日常なのです。

旅の言葉で、長く一箇所に留まることを"沈没"といいますが、
みなさんはこの言葉の響きにどのような印象を持つのでしょう。
僕にとっては自分もその街に溶けこんでゆく感覚が沈没です。

洗濯をする、近所のパン屋にパンを買いに行く、市場に行って今晩の献立を考える…
毎日の何気ない行動に充実感を覚え、ささやかな幸せに気づくことが出来る。
ただ、そんなことも、いざいつもの日常が非日常になってみないと
分からなかったりするものだから
沈没をしている時間も僕にとって不可欠な時間です。

気に入った街で暮らすように旅をする今に充足を感じているように、
もし、僕がいつか旅を終え、どこかに定住するようになった時には今度は、
旅をするような感覚で暮らすことが出来たのなら、
どんなに毎日が素晴らしいだろうと思います。
日々の一期一会を大事にし、
ルーティンで過ぎる毎日でなく、変化を恐れず自分の好奇心に素直に従える心持ち。
ないものねだりをするようですが、いつだってこのバランス感覚を持つことが出来れば
世界中どこでも僕は楽しく生きていけるような気がするのです。

さて、胡麻パンを食べて小気味よく腹を満たした僕は宿に戻ると、
窓から流れる風についウトウトと眠ってしまっていました。
二度寝、三度寝を繰り返してようやく目を覚ましたのは午後7時過ぎ。
この時期、日の入りは午後8時頃なので外はまだ明るいですが、
気温は昼よりもぐっと過ごしやすくなっています。

散歩も兼ねて商店街を歩くとロカンタ(レストラン)街は
仕事帰りの人々でガヤガヤと賑わっています。
お昼を食べたケバブ屋は完売御礼でもうすでに閉店。
茶屋ではバックギャモンに興じる若者たちのサイコロを転がす音が
あちこちから聞こえてきます。
細い路地の行く手を阻む水煙草の甘い煙。
そろそろヒヨコ豆のピラフ売りが屋台を引いてやってくる頃、
向かいのムール貝屋台に群がる人々のレモンを絞って頬張る顔はなんだか幸せそうです。

そんな情景を見ながら、あぁ僕はこの街が好きだなぁとしみじみ思うのです。
そして、よし、今夜の晩ご飯は何を食べようかと、
ネオンの溢れる街をそぞろ歩きをするのでした。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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