各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

歪な中進国

2014年08月27日

やっとの思いで乗り込んだカスピ海を横断するオイルタンカー。
思いがけず個室を与えられ、肩の荷が下りるような気持ちで眠った
翌朝にはカザフスタンのアクタウ。
…と思ったのですがまだバクーでした。
この貨物船は積み荷が一杯にならないと出港しないそうで、
いつ出るかは船員すら分からないのだそう。
乗り込んで14時間後の午前8時、ようやく船はバクーを出発しました。

船旅自体は揺れもなくとても快適で、
夕方にはもうこれからしばらく眺める機会のないだろう
水平線に沈む夕日を眺めながら、穏やかに過ぎてゆきました。

翌朝には対岸のアクタウの街の影が見えるところまでやって来ました。
ところが、このアクタウで大型船が入港できるターミナルは一つしかないようで、
今度は船の順番待ちです。
これもいつになるかは誰も分からない。
結局10時間、沖で待機したのちに入港。
バクーで船に乗り込んでから実に丸2日が経過していました。

世界で9番目という広大な国土を持ちながら内陸国であるカザフスタンにおいて、
カスピ海に面したアクタウは重要な港湾都市です。
カスピ海貿易もさることながら、ここでは石油産業が非常に盛んで、
原油価格の高騰を受けて、近年目覚ましい経済成長を見せる
カザフスタンにおいて重要な立場を受け持っています。

しかし、過熱する経済とは裏腹に、この街もアゼルバイジャンと同じく、
物価上昇に生活の実態が追い付いていない様子。
外観と値段ばかりが一人前で設備の老朽化したホテル、
メインストリートを一本外れれば砂埃の立ち舞う未舗装路。
混雑時の飲食店では、列を作って並ぶということはなく、
自分の注文を言ったもの勝ちという有り様です。

結局のところ、カスピ海油田が富の産出基地だったとしても、
その恩恵に預かっている人間の多くは、
中央アジア最大の都市アルマトゥイや首都アスタナに住む人々なのかもしれません。

アクタウを出発すると、低い灌木だけがまばらに生えている砂漠が広がります。
人の気配も一気になくなりました。

カザフスタン経済にとって重要な都市であるはずのアクタウと
各都市を結ぶハイウェイはアスファルトが砕け散り、
自転車で走るには全く向かない道でした。

元々この道を通る車のほとんどは積載量の多い大型トラック。
その上人気もないために、皆一様に猛スピードで駆けてゆくから道路は痛むばかりです。
それに、最後に道路がメンテナンスされたのは何年前だろうというぐらい
道路は手を付けられた様子がありません。

アクタウから300km走ると、そのアスファルトも終わり、
ほとんど轍のような酷いダートが始まりました。
南米などでも僻地においてダートの幹線道路はありましたが、
それはアスファルトよりもメンテナンスが容易だからという理由で、
道路は度々ローラー車で均されていました。
ところが、このカザフスタンではそんなこともされた様子は皆無で、
ガタガタに波打った路面が僕を激しく揺さぶってきます。

ところどころ砂が深い場所もあり、太古の時代、海の底だったというこの地の砂は、
質量が軽くフカフカに堆積していて、風が吹けばたちまち竜巻となって吹き荒れます。
また、水分を含むと粘性の高い粘土になって
自転車走行不可能なほどにこびりついてきます。

一方で、"一応"新しい道路の建設も行われているようですが、
機材も人員も圧倒的に不足していて、完成までまだまだ年月を要するように見えました。
既に完成している区間にしても、
恐らくここを勝手に走ってしまうトラックがいるのでしょう。
それを阻止すべく、1kmごとに砂山を盛って道路を封鎖したり、
排水管を通すところだけあえて未完成の状態にしておいて道路を寸断させてありました。

ルールを守らない人たちがいるために、
本来必要のない余計な制限や労力が発生してしまっている。
猛スピードで走るトラックにしても、その煽りを受けて日に日に痛む道路にしても、
先進国と同じものをお金で手に入れることは可能だったとしても、
やはり、それを使う人間の心が成熟しなければいつまで経っても
問題の解決にならない気がしてきます。
特に天然資源依存で発展を遂げる国ほどにこの傾向は強い気がします。

無人のように思えるハイウェイにも数十キロに1軒、
トラックドライバー向けのチャイハナ(食堂)があるのですが、
電気は通っていれども、ここには水道はありません。
常に砂塵に晒されるような、乾いた土地で使える水が限られるということは、
どんなに大変な生活を強いられることでしょう。

アクタウからウズベキスタン国境までの600kmで
街らしい街といえば2つしかないのですが、
そんな街ですら、各家庭に水道があるわけでもなさそうで、
それぞれ個別に組み上げているようです。
蛇口をひねる度に、近くで何かモーターの周る音が聞こえました。
モーターで動作しているということは、
電気が止まれば水すら寸断されてしまうということです。
脆弱なインフラの一方で、
郊外では何機もの石油の掘削機が地中から絶えず原油を組み上げる姿は何とも対照的。
この国における暮らしのプライオリティとはどんな順番なのかと考えさせられます。

ただ、地方といえども絶対的な貧困にあえいでいるわけではなさそうです。
例えば人口2000人という小さな集落でも
エアコンの室外機を多く見かけ、人々は今どきの服装に身を包み、
子供たちですら最新型のスマートフォン片手にゲームや写真の撮影を楽しんでいます。
一方で彼らは朽ちかけたソビエト風の集合団地に暮らし、
トイレは離れ小屋の板張りの穴、いわゆるボットン便所です。
夏は50℃、冬はマイナス50℃を記録することもあるという
苛烈な大地で暮らす彼らの生活の苛酷さは少し訪ねてみただけでは、
理解することは到底難しいものでした。

潤っていく経済と今も昔も変わらぬ生活習慣のギャップに
とてつもない歪さを感じる僕は、
自分の常識の目線で物事を見ているのだろうかと思ってしまいます。
それとも、そこに暮らす人々が不満を感じていなければ、
それはそれで気に留めることではないのでしょうか。

僕の旅したカザフスタン、マンギスタウ州は広大な国の外れの僻地のような場所で、
アルマトゥイやアスタナといった中心都市では様相が違っているのかもしれません。
アルマトゥイには、2ヶ月後、キルギスを抜けた後に立ち寄る予定なので、
この土地との違いを注意して見てみようと思っています。

カザフスタン経済について、少し調べてみると、
この国は旧ソ連構成国でありながら、いわゆる西側諸国との外交関係も良好で、
外資系企業の誘致にも非常に積極的なのだそうです。
ロシアとの資源依存リスクを避けたい西側諸国にとっても好都合で
近年急速に関係を強めています。
対中国に関しても同様で、中国には原油パイプラインが通っていて、経済交流も活発です。
今回僕は、施行されたばかりのVISAフリ-制度で入国していますが、
これも2017年に開催されるアスタナ万博へ向けての試験措置なのだとか。

もともとカザフスタンは原油のみならず、
ウランやクロムなどに恵まれた鉱物資源大国です。
資源輸出国としてのポテンシャルを、オープンな外交政策によって下支えする構図が、
現在のカザフスタン経済の実態です。

2013年に国民一人あたりのGDPは$13,000を突破し、
中央アジア諸国では頭ひとつ抜きん出た経済規模を持ち、
現在は中進国の一つとして数えられていますが、
この数字は今回の記事で分かるように都市部と農村部では大きな開きがあることでしょう。
少なくとも僕の旅してきた同レベルの経済規模の国々とは、
生活の質の面で大きな差があるように感じます。

そんなカザフスタンの中長期的な目標は、資源依存型からの脱却。
2050年までに、一人あたりのGDPを$60,000へ達成すること、
GDP比における石油以外の輸出割合を現在の32%から70%に引き上げることなどを掲げ、
将来への展望は鼻息が荒いです。
そのための外資導入や技術革新の推進など積極的に手を打っていて、
この国の未来はとてもポジティブなものに見えます。

ただし、先にあげた道路の例の通り、
手にしたお金も正しく運用されていかなければなりません。
一部にばかり利権が集中し、額面上は大国になったとしても、
実際の国民の暮らしの質が低いようでは、経済が回る意味をなさないと思います。
2050年のカザフスタンがどうなっているのか、僕には想像が及びませんが、
少なくとも僕が旅した地域の歪な状況が好転していることだけは切に願っています。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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