バザールへ行こう
砂漠を走り抜け、ヌクスという街に到着しました。
ウズベキスタン西部の広大な地域はカラカルパクスタン自治国領とされ、
ヌクスはその首都にあたります。
街の人口自体も、国内で5番目という規模なのですが、
ソビエト風の殺風景な造りの街はどうも活気が感じられず、
閑散としていて人気がなく、警察ばかりが目につきます。
凄まじい日差しのせいで、みんな家にこもっているのでしょうか?
商店やレストランも閑古鳥といった感じで、街全体が死んでいるかのようでした。
砂漠走行で手持ちの食料はほぼ使いきってしまったので、
食料を買い足そうにも出来ません。
それに、ウズベキスタンのお金ももうないので、両替をしなければならない。
宿の人に両替が出来る場所を訊ねると「バザールで出来る」とのことでした。
バザールは宿から歩いて10分程のところにあり、
青空市場のようなものを想像していましたが、
メイン市場は体育館のような大きな建物の中に広がり、
そこから溢れるように露店や別な市場がひしめき合っていて
お店の数もお客も相当な混雑ぶりでした。
市場の外のあの静けさが嘘のように、
ここにヌクスの全てが凝縮されているかのような活気でした。
全てがあるというのは、あながち嘘ではなく、
バザールには野菜や果物といった食料品を始めとして、
洋服に携帯電話、果てはネジの一本まで何でも売っています。
それぞれの店で売っているものも少しずつ違っていて、
同じものでも値段が違っていたりするので、良い買い物をしようとしたら、
時間をかけてくまなくバザールを周らなければなりません。
もし、買い物に疲れてしまったとしても大丈夫。
バザール内には、味付きのガスウォーター屋さんやアイスクリーム売りもいて、
休憩だって出来てしまいます。
目的の両替ですが、声をかけた携帯電話屋の向かいの
スパイス売りのおじさんが両替商となってお金を交換してくれました。
ここでウズベキスタンのお金事情について補足しておくと、
ウズベキスタンはインフレ率が高く、出回っている一般的な紙幣が
1000スムと500スム、それぞれ日本円にして約40円と20円の価値しかないので、
両替しようものならば、大量の札束で渡されます。
バザールでは人々が黒いビニール袋を手提げにして歩く人々を見かけますが、
実はあの袋の中身はいっぱいの札束なのです。
夕方になるとバザールは店じまいを始め出す商店が増える一方で、
今度は中央アジアの主食、ナンやお惣菜売りのおばさんたちがメイン通りに現れます。
「ウチのを買っていっておくれよ! 安くしとくよ!」と物凄い勢いで僕を
巻き込んでくるおばさんたちの底知れぬパワーは世界中どこでも同じようです。
このあたりのナンには、それぞれ表面に花型の模様がつけてあって、
その柄で買うナンを決める、なんて選び方も楽しいです。
それに、こうして作り手の顔が直接見えるということは、
本来当たり前であったはずが、縁遠くなって久しいです。
また、値引きやまとめ買い、あるいは少額購入など
売り手と買い手の間で交渉の余地がある買い物は、
予めパッケージングされた商品と貨幣の交換だけで売買が成立してしまう
現代の購買活動にはない温かみがあります。
現代の購買活動の主流として、ショッピングセンターや大型スーパーなど、
1か所で全てが揃うワンストップショッピングを
目的とした商業施設が増えていますが、
考えてみればこのバザールだって
1か所で全てが揃う立派な商業施設ではありませんか。
それだけでなく、バザールは人々の交流の場だったり、
子供たちの遊び場だったり、待ち合わせの場所だったり、
買い物だけに留まらないたくさんの役目を果たしています。
顧客を知り、顧客に売れるための仕組みを作るというマーケティングの概念とは、
誕生して100年程度しか歴史がないと言われますが、
何てことはない、何百年という歴史を持つシルクロードの交易で栄えた地域には
ワンストップショッピングの考えは昔からごく自然のものとして存在していたのです。
このような市場はもちろん世界中に存在していて
中南米ではメルカド、アラブ世界ではスークなどと呼ばれていました。
アフリカのマーケットの混沌ぶりは今振り返ってもすごいものがありました。
どこにでも存在する市場は言わば、その国の暮らしを写す合わせ鏡です。
その国の食生活や、その土地の名産品、
国の物価や経済の実態も市場は教えてくれます。
そしてその国がいったいどこの外国と結びつきが強いのか、そんなことも見えてきます。
ここウズベキスタンでは、一気に中国製の商品を目にする機会が増えました。
商品だけでなく、市場の外れの食堂ではウイグル風うどんのラグマンが定番で、
お茶も紅茶文化から緑茶文化に変わり、
身をもってシルクロードの地理的な繋がりを実感することが出来ます。
もともとバザールとは、モスクや宮殿周辺の屋根のある場所で
食料品や手工業品、貴金属などを売り買いするところだったそうで、
語源的にはペルシャ語の"値段の決まる場所"に由来するそうです。
売り手と買い手がその場所で交渉し、お互いが納得のいった値段が商品の価格。
これこそが商いの原点なのだと思います。
今でこそ、バザールは専用の場所が設けられ、
味わいのある建物ではなくなってしまったけれど、
商売人たちが商品を持ち寄り、ところ狭しと商いを繰り広げる光景は
シルクロードの時代から連綿と続いているものなのです。
今夜のおかずを買いに、切れかけのシャンプーを買い足しに、新しい洋服を仕立てに、
そんな時は、なにはともあれバザールに行ってみましょう。