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ウールのチカラ

2014年11月12日

キルギスの国旗に描かれているユルタ。

ユルタとは中央アジアで広く見られる伝統的な移動式住居であり、
今なお遊牧民の暮らしが色濃く残るキルギスでは、
国を象徴するシンボルとして国旗に用いられています。

一見するとユルタは簡素な作りのテント型住居に見えますが、
実は季節とともに生活の場を変える彼らにとって
暮らしの知恵が詰まった高機能住宅なのです。
木枠の骨組みに天幕を被せたシンプルな構造は、
移動性が高く、簡単な設営を可能にします。
円形ドームの形は風に強く、天蓋の部分は開閉が出来るようになっていて、
室内で焚き火をする際の煙突の役割を果たします。
被せられた天幕は、寒い日には二重にして断熱性を高めたり、
逆に暑い日には捲ることで通気性を高めることが出来る合理的な作りになっています。
天幕には伝統的にはフェルトが使われていますが、
フェルトは保温性が高く、燃えにくい素材のためユルタにうってつけの素材です。

さて、ユルタに使われているフェルト。
温かみのある可愛らしい素材感が好きだという方も多いと思いますが、
このフェルトがウールから作られている生地だと知っていても
どうやって作られているかは知らない人も多いのではないかと思います。
今回は遊牧民の伝統的素材フェルト作りをする機会があったので、
その様子を交えながら工程を紹介したいと思います。

まず、大判の布の上に型紙シートを置いて、そこに羊毛を適当に並べ散らします。
並べ終えたら今度はこの層に対して直角になるように二層目にも羊毛を散らします。
次に敷いた布を上に被せて、そこにぬるま湯で作った石鹸水を浸し、
軽く押して圧をかけていきます。
ある程度形がまとまったら反対側も同じように羊毛を並べ
同じように石鹸水を浸らせて形作っていきます。

両面の形に羊毛が定着したら、
もんだり巻いたりすることで羊毛を更に馴染ませていきます。
後はひたすら何度もこの作業を繰り返すだけ。
羊毛はフェルト生地に変化していき、少しずつ小さくなっていきます。
狙った大きさと形になったら、水で洗ってフェルト生地の完成です。

ざっくりと工程を説明しましたが、
作りたい形に成型していく作業はなかなか難しく、さらにとても根気のいる作業です。

羊毛を馴染ませることでフェルト生地が出来上がる仕組みが
どういうものなのかというと、
フェルトとはウールの特徴である"縮み"を利用したものなのです。

羊毛繊維はウロコ状の表皮(スケール)を持っていますが、
このウロコが互いに絡みあうことで縮みを生じさせているのです。
ウロコはアルカリ性に弱く、熱で開きやすくなる性質を持ち、
ぬるま湯で湿らせた羊毛はウロコがよく開き、
互いに引っかかりやすくなるのです。
石鹸水はさらに繊維を滑りやすくさせ、より密に絡まることを手助けします。

普段、ウールのセーターを洗うときには縮みに気をつけて
中性洗剤を使って押し洗いをしたり、乾燥は低温乾燥が推奨されていますが、
あれを言い換えると、羊毛繊維のウロコが絡まないようにしていることだったのです。
フェルトはウールの持つ縮みを上手く利用して作られている生地なのです。

今回はフェルトのコースター作りをしましたが、
このコースターの刺繍は、引っ掛かりを起こしやすい特別な針を何度も刺すことによって、
繊維同士を絡ませて定着させています。
この針を使ったやり方もフェルト作りの製法の一つです。

フェルトの起源は諸説いろいろあるようですが、
人類最初の生地の一つであると考えられているようです。
定住地を持たない遊牧民の生活は、
水や食料などの生活資源が限られ、生活環境も場所や季節によって大きく変化します。
その中で羊を始めとする家畜は、肉や乳製品といった食料になり、
毛皮にもなる、または交易品として金銭を得る手段にもなる
最も安定的に生活資源もたらす衣食住の柱です。
だから羊毛から作られるフェルトが、伝統的な素材としてユルタに用いられてきたことも、
遊牧生活にとって必然的で納得のいく理由があったのでした。

ウールの縮みというと、やっかいなもの、扱いづらいものという印象が
少なからずありましたが、
その縮みも上手く利用すれば、有用な素材として生まれ変わるのです。
物事には何でも紙一重の裏表があって、それを善しとするか悪とするかは
結局、扱い手の心一つなのだと思います。

ちなみに上の写真を見て、どこかで見たことがある! と思った方はかなりの無印良品通。
キルギスのフェルトは無印良品の店舗でも購入することが出来ます。

季節はいよいよ晩秋から初冬を目前にしていて、
これから益々ウールのセーターや帽子、手袋などが
手放せなくなる時期がやって来ています。
たまの洗濯の際は縮みに気をつけて洗わなければなりませんが、
世界にはこの縮みを暮らしに上手く利用している人たちもいるのかと思うと、
煩わしい洗濯も少し気が晴れるのではないでしょうか。

以上、目からウロコのフェルトの話でした。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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