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900万のマイノリティ

2014年12月10日

「オンベシュクァーイ、オンベシュクァーイ!!」
張り詰めた冷気を弾き飛ばすような威勢のいい商人の声が
ウルムチの解放南路の街角に響きます。
オンベシュは中央アジア諸国語と同じテュルク系言語のウイグル語で15を意味し、
クァイは中国の通貨である元の口語です。

ウルムチにやって来るまでの道のりは
シルクロードの一つである天山北路に沿って走ってきました。
しかし、この道にかつての隊商路の面影はなく、広く新しい高速道路が敷設され、
都市と都市を結ぶだけの味気ないものに取って代わられていました。
ガードレールとフェンスが延々と並走し、
沿路の家屋は高速道路建設にあたって移住を余儀なくされたのでしょうか。
打ち捨てられた家屋が目立ちます。
代わって数十kmおきに現れる街々では、コンクリートマンションが
まるでコピー品のようにどれも同じ表情で建てられていました。
特にウルムチ手前の石河子という街は、
街そのものがまるまる新しく建設されたそうで、
まるで暮らしの歴史や生気の感じられない整然さは不気味に感じた程です。
少なくとも僕の通ってきた高速道路沿いに関しては、
"その土地らしさ"を見つけることはほとんど不可能でした。

それはウルムチに入ってからも同様で、
見上げるようなビル群と消費を煽るコマーシャルの数々、
夜にはネオンの光彩が相変わらず品悪く灯っていました。

だから、この街の解放南路周辺にウイグル人コミュニティが存在していたことは
中国に入ってぷっつりと寸断されてしまった
土地の繋がりを発見したようでちょっぴり嬉しくなったのです。

イスラム帽を被り、髭を蓄えた老人や、
スカーフで頭部を覆った女性の行き交う通りは、
一見すると、ここが中国だということを忘れてしまうようなエキゾチックな雰囲気。

肩をすくめてしまうような寒空の下、
屋台では串焼きのケバブからウマそうな煙が立ち上り、
もう一方の屋台のタンドール(釜)では、
サモサを一回り大きくしたような羊肉のパイが焼かれていました。
中央アジアを抜けて、それほど日も経っていないにも関わらず
なんだかとても懐かしい感じで、
香ばしい匂いにつられて思わず、ナンを2枚買ってしまいました。

中国に入国した途端にあまりにも突然、前触れもなく
中華世界が展開されたことに戸惑いを感じていた僕にとって、
少なくともまだこのウイグル世界の方が親しみを感じ、
これまで通ってきた土地との繋がり方にも自然に感じるようです。

旅を通じて、文化や生活様式、人といったものは、
一方的ではなく互いに影響しあうことで、
緩やかながら確実に変遷していくものだと、知りました。
だから、あの国境や高速道路周辺の、言い方を悪くすれば蹂躙とも言える
塗り替えられてしまった風景にはやっぱり違和感を感じてしまうし、
あのどこも似たような街の風景は、
個性を打ち消すことによる中国の同化政策の一部なのではないかと
邪推を含めて気付いたときはちょっと恐怖さえ感じました。

このウルムチでも漢族の存在は圧倒的で人口の7割8割を占めるとも言います。
元々この街は、1949年に中華人民共和国が誕生し、
1955年に新疆ウイグル自治区が成立した際に区都として割り当てられました。
しかし、自治区の要職のほとんどは漢族で占められ、
文化大革命の際にはムスリムであるウイグル人のモスクへの礼拝も禁止されるなど、
彼らの立場は今も昔も決して強くはありません。
収入格差も大きな問題で、林立するビルの隙間や道路の高架近辺に
ウイグル人のものと思われるバラック小屋がひしめく対比は強烈なものがあります。

昨今では不満を募らせた過激派ウイグル族による、大きな事件も自治区内や北京などで
度々起きていてウイグルと中国の間の大きな軋轢となっています。

一見すると、平穏に見えるウルムチの街も実際には緊張が張り詰めていて、
大通りや宿の入口など至る所に公安警察の姿が見え、
どこの商業施設に入るにも大きなカバンはロッカーに預け、
その上でX線検査と身体検査を受けなければなりません。

まるで全ての人間が疑われているような現状に
彼らの不満が貯まるのも分からなくはないというのが
自治区を旅してみての率直な感想です。

ところで自治区内のウイグル人は約900万人が生活をしていると言われています。
数字だけで比べることはナンセンスだと思いつつも、
この人口は同じテュルク系民族の国家である隣国キルギスの人口550万人も上回る数です。
しかし中国において900万という数字は全人口の1%にも満たず、
自治区でも既に人口の半数は漢族に変わったと言われ、
ウイグル人はマイノリティとしての立場におかれています。

一方はテュルク系国家として、もう一方は中国の一部として存在する。
辿ってきた歴史に大きな違いと認識はありますが、
中国が強くこの土地にこだわっている現在のキーワードのひとつとして、
自治区に埋蔵されている天然資源が挙げられると思います。
2000年代に入って掲げられた西部大開発政策の柱の一つ、
西気東輸(せいきとうゆ)は、
自治区に集中するガスや石油を、パイプラインを通じて
上海など東部の大都市に送るプロジェクトです。
パイプラインは天然資源の豊富な中央アジア諸国まで延び、
またインドやパキスタン、あるいはロシアなど隣接国との出入口になる場所として、
周辺諸国との貿易を含めて手放すわけにはいかない地域になっているのです。

ただ、西部大開発の目的として沿岸部と内陸部の格差是正を掲げていますが、
この恩恵に預かれるウイグルの人たちはどれほどいるのだろうか、
というのが正直なところです。
結局は東部の更なる発展のために、自治区の資源が収奪されている気もします。
新疆という言葉が、中国語で新しい土地を意味するように、
広大な中国において標準時は北京時間のたった一つしか存在しないように、
基準は常に東部沿岸部に置かれているような気がしてなりません。
僕の旅した自治区内の幹線道路と主要都市からはそんな風に見えます。

中国にはウイグル族を始めとして55の少数民族が暮らしていると認められています。
その中で最大の集団がウイグル族ですが、
彼らでさえ現状は厳しい立場に置かれていることから、
その他の民族集団の直面している状況も想像に難くありません。
最大多数の最大幸福こそが正義だと言うのなら、
僕は何もいうことが出来なくなってしまいます。

現在の自治区に暮らすウイグル族は中国から独立を求める声よりも
自治区においてより高度な自治権を求める方向へとシフトしているそうです。
果たしてマイノリティの声はマジョリティに届く日が来るのでしょうか。
自治区の高速道路沿いにはこれでもかというぐらい「国家統一」「民族団結」
のプロパガンダやスローガンが溢れかえっていますが
果たしてその言葉に重みを感じる日はやってくるのでしょうか。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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