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腹減り時の夜市

2015年01月28日

『さぁメシだ、メシだ!今日は何を食べますか!?』
日暮れまで目一杯走って街に滑り込み、
駅前の安宿に荷物を放り込んでからが、僕らの台湾旅のお楽しみです。

今、僕達が走っている台湾島西側は人口のほとんどが集中する地域で、
国道1号線沿いには日本のそれとあまり変わり映えのしない退屈な風景ばかり。
かつての台湾人男性の嗜みの一つであったビンロウのお店がやたら目立つだけで
景色には目ぼしいものはありません。

だから、僕らの興味は自ずと台湾メシに向いていきました。
八角の独特の香りと甘い味付けが特徴的な台湾料理。
外食文化が大衆的な台湾では食堂や屋台は星の数ほどあり、
そこで出される料理のバリエーションは
魯肉飯(ルーローファン)や担仔麺(タンツーメン)に代表されるような一品ものから
餃子や酸辣湯、臭豆腐といったものまで幅広く存在します。
これらの軽食を台湾では小吃(シャオチー)と呼びます。
そしてそんな小吃が一同に会する場が夜市で、
僕らが走り終えたあと一目散に目指す場所なのです。

台湾の夜市といえば、台北の士林夜市がよく知られていますが、
何もガイドブックに載っているものだけが夜市でありません。
小さな街でも夜になれば通りや広場の一角には屋台がひしめき合い、人が集まり、
さながらお祭りのような賑やかさで連日夜市が開かれています。

だから台湾らしさを体感したければ、それは夜市に出掛けるに限るのです。

商店街のある大通りや昼間は何てことないただの広場が、
夜になると白熱電球の明かりが煌々と燃える屋台村へと変貌します。
屋台では軽食から本格的な鉄板料理といって食事の他に、
洋服や雑貨、射的やビンゴゲームのような遊技場まで取り揃えられ、
大人も子供も思い思いの時間を過ごすことが出来ます。

中国の街々でも夜市は往々にして開かれていたのですが、
僕のいた時期は震えるように寒く、
シャワーを浴びた後に外を出歩くなんてとても出来ませんでした。
だから、食堂で夕食を食べた後はそそくさと宿に戻って布団を被って過ごしていました。
ここ台湾は、この時期でも冷え込みは少なく、夜も羽織ものがあれば問題ない気温です。
ようやく、やっと夜市を満喫出来る気候になってきたのです。
それに今回は友人も一緒なのだから、ここで夜市歩きを楽しまなければ損なのです。

「昨日はイカを食べたから今日は鶏にしようかな」
『餅を揚げたやつが美味しかったから、また食べたいなぁ』
色々な種類の屋台が出ているのだから、相手に気を遣う必要はありません。
僕はこれを食べる、わたしはあれを食べる、
食べたいものが一致したのなら一緒にシェアする、
夜市の過ごし方はシンプルで明快なのです。

何やら人だかりの出来ている屋台があったので行ってみると
そこでは丼に自分の好きな具材を好きなだけ盛って、それを炒めてくれるお店でした。
見ればみんな溢れそうなぐらい山盛りにしています。
レストランのビュッフェでこんなことをしたら、
白い目で見られそうなところですが、ここは食の王国・台湾の夜市です。
そんなこと気にせず、食べたいものを好きなだけ盛ればいいのです。
ご飯とスープ、飲み物がついて二人で150元(570円)
これが楽しみで毎日を走っているようなものです。

お腹が膨れたら、今度はデザート探し。
タピオカ入りミルクティーにしようか、杏仁豆腐にしようかなと
やっぱりスイーツは別腹です。
マンゴーかき氷は時期外れだったのですが、
少し肌寒いくらいの夜には豆腐プリンの豆花をホットで食べるのがピッタリでした。

元々夜市は、昼間の暑い時間を避けるために発展していったマーケットです。
スペインのシエスタのように暑い時間を避け、
比較的過ごしやすい夜に時間の中心を持ってくることは、
土地の気候を考えた合理的な発想です。
ただ、これが暑いといっても乾燥した暑さの気候であれば、
また様相は違ってくるでしょう。
乾燥地帯の夜は湿度がない分、急激に温度が下がり、
また、日中でも影があるところならば幾分過ごしやすいので
わざわざ夜にマーケットを開く発想にならないのではないでしょうか。
ここ台湾のようにある程度湿気があり、夜間の気温低下が大きくない場所だからこそ
発達してきたマーケットなのだと思います。
夜市は中華圏だけでなく、東南アジア圏でも広く知られるもので、
やはり夜市の発達に土地の気候は密接に関わっているのです。

また、夜市が発達するということは、
その土地の治安を示す指標にも成りうると思います。
夜は影が出来るので、売り手にとって日中より盗難や万引きのリスクは高まります。
買い手にとっても人通りの少ないところで暴漢に襲われる可能性もあります。
同じように日中がうだるような暑さだった中米諸国では、
都市部といえどだいたい18時を過ぎるとシャッターを下ろすお店がほとんどでした。
日中でさえ自動小銃を携えた警備員が店の前に立ち、
お金は鉄格子越しにやり取りしなければならないのだから、
夜間営業の危険は自明の理です。
そういう意味では夜市の発達には、土地の治安も大きく関係しているのだと思います。

夜市のお祭りさながらの雰囲気は童心を思い出させるものでもあり、
なんだか懐かしさを感じさせるものでした。
屋台の隅に置かれた小さなテーブルについて、
地元の人達と肩を並べて屋台メシにがっつく。
「こうやってかき混ぜて食べるんだよ!」
僕たちの食べ方を見かねて、
屋台のおばさんが食べ方を教えてくれました。
言われたようにして食べると、確かに美味しくなった気がする。
『好吃!』と声をあげるとおばさんはニッコリ笑う。
なんかこういう触れ合いがいいな、旅だよなと思いました。

だいたいにおいて、自転車と夜市は相性がいいのです。
日中は、走るのに時間を割かなくてはならないから、
あちこちで道草を食う暇も実はありそうであまりありません。
それに宿につく頃には腹ペコだから、一層ご飯が美味しく感じることが出来る。
そういう意味では夜市文化は自転車におあつらえ向きなのです。
小皿料理や一品料理が基本の屋台は色々な種類の小吃が楽しめていいのです。
どれも一皿50元や一杯40元などと手頃だから、
食べたい!と思ったら、躊躇せず注文出来る心持ちの軽さも魅力的です。

でも、「ちょいとお兄さんたち、こっちでも食べていってよ!」なんて声に釣られて
あちこちで飲み食いを重ねていると案外、というか毎日予算オーバーです。
後で精算してみるとけっこうな額を夜市に落としていることに気付きます。
腹減り時に食欲をそそる小吃があちこちで匂う夜市歩きは、
やっぱり自転車とは相性が悪かったりして。

お腹は満腹、財布は空っぽ。
あぁ、げに恐ろしき、夜市の魔惑。
夜市には魔物が棲んでいる。
のかもしれません。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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