各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

島旅の魅惑

2015年02月04日

『自分の力で前に進むことが自転車旅の面白さなのだから、
どんなに走っても、結局最後にはスタート地点に戻ってきてしまう
島なんて走っても仕方ないだろう?』
これはまだ旅が一年目、二年目の頃、
ニカラグアのオメテペ島やチリのイースター島を
訪ね、一周してみて行き着いた結論でした。

島を自転車で走っても、そこには前に進む感覚はなく、
走れば走るほどスタート地点に近づいていく感覚。
それはまるで蟻地獄のようで、
いくら走っても出口が見えない永遠のループに陥っているように感じていました。

もし、その土地が気に入らなかったとしても、
すぐにそこを立ち去ることが出来るわけでもなく、
船や飛行機に乗らなければ外の世界や元いた場所に戻ることが出来ない。
当時の僕はそれを、圧倒的な"閉塞感"と感じていたのでした。
それ以来、『島はもういいや』と結論づけて一切見向きもしないようになりました。

だから今回、台湾を訪れるにあたって、
何年か振りの友人に会うことは楽しみであっても、
走りそのものにはあまり魅力を感じていなかった、
それどころか楽しんで走ることが出来るのか不安でいっぱいだった
というのが本当のところでした。

ところが、いざ走り出してみると温かい人々の声援や
優しい味の台湾メシにあっという間に心奪われ、
すっかりこの島の虜になってしまっているということは、
前回、前々回の記事を読んでくださっている方々にとって周知の事実だと思います。
この島にやってきて良かった。
心からそう思う日々が続きました。

やがて台湾走行も残り3分の1を切ったあたりで、
僕は一緒に走っている友人にお願いし、1人で台湾の東部に抜けることを決めました。

東部に抜けるために突っ切ることになる台湾中心部には
台湾最高峰の玉山を始めとして険しい山岳地帯が連なっています。
さらにその先の東海岸沿いも絶壁の断崖が続きであったため、
東部の開発は西部に比べ遅れていて、人口も希薄な陸の孤島でした。

東部は元々、この島を走るならば訪れてみたいと思っていた地域で
人・食事と台湾の素晴らしさに知ることが出来たのなら、
最後は東部に広がる自然にも触れたいと思ったのです。

台北で友人との再会を約束し、一人進路を山へと向けていきます。
徐々に標高を上げていくと、バナナ畑の茂るトロピカルな畑は、
イチゴやオレンジの畑へと姿を変え、
シダ植物や着床植物が樹木の幹に苔生す雲霧林は、
次第に爽やかな松の香りがする針葉樹林に変化し、
やがて3000mを越えると森林限界へと達しました。

このあたりまで来ると空気はカラリとして、
遮るものがない辺りにそよ吹くひんやりとした風は
汗をかいて上ってきた体を心地よく冷やしてくれます。
眼前には見渡す限りの雲海。
ここは下界とは別天地の世界のようです。

年中穏やかな気候も、こうして高度をあげることで季節感を感じることが出来る。
それも島ならではの身近なサイズ感で、です。
『あれっ、もしかして島って小さなエリアに
四季折々の情景が詰まったワンダーランドみたいなところなんじゃないか?』
台湾の公道最高地点、3275mの武嶺までやって来た僕は、
そんな風に感じていることに気が付きました。

そしてここからは、一気のダウンヒル。
転落するかのようなスピード感で下り落ちると、
初秋のようだった季節は急速に春の穏やかさを取り戻していきます。

東部の出口となるタロコ渓谷は、
タジキスタンのワハン渓谷も霞むような垂壁がそそり立ち、
太平洋を望む清水断崖では、
南アフリカのチャップマンズピークドライブに匹敵する世界有数の海岸線が続きました。

大興奮のローラーコースターロードの締めには
連日、温泉に立ち寄って、身も心もポカポカに。
台湾の自然も文句なし! でした。

意気揚々と台北に到着し、見知った街並を縫うように走り抜け、
年末を過ごした宿に戻りました。
そこでは一足先にゴールを迎えていた友人と宿のスタッフが
「おかえり!どうだった?」と僕のゴールを迎えてくれました。
友人と「向かい風がすごかった」だとか、
『いやいやこっちのアップダウンもすごかったですよ』
と互いの苦労話対決に興じる傍らで
スタッフたちは笑いながらそれを聞き、僕が撮ってきたカメラの写真を眺めている。
その光景は、大晦日にこの場所でスタッフからアドバイスを貰いながら、
どのルートにしようかとああだこうだと相談し合っていたあの時とも似ています。

『あっ』と思いました。
あれから2週間の旅を経て僕たちはここに戻ってきた。
ここでは変わらない人たちが変わらず僕たちを待っていてくれた。
もしかして、これこそが島旅の魅力なんじゃないかと思ったのです。

旅の最中、心震える景色に辿り着き、思いがけない出会いに胸を打たれ、
平らげる現地食に躍動感にも似たパワーをもらう事がままあります。
ただ、折に触れてそれらを振り返る機会はあったとしても、
もしかしてもう二度と戻れない場所や瞬間なのかもしれない、と思うことがあります。
でもそれが前に進むことである、そう言い聞かせてきたわけですが、
だからといって今回の台湾旅のように一周して同じ場所に戻ってくることまでを
否定する必要はないんじゃないかと思いました。
こうして自分を知っている人がいて、自分の話に耳を傾けてくれる人がいる。
そういう元いた場所を目指す旅も悪くないなと感じている自分に気付いたのです。

"島だから―――"

こう付け加えるとこの台湾島で過ごした色々なことに合点が行くような気がしています。
島だから、人々の親切心を体現したかのような優しい食事がある。
島だから、美しい白砂のビーチのすぐ側に隆起した険しい山々がある。
島だから、会いたい人にまた会える。
そう、島旅はいつだって走り続ければ"そこ"に戻ることが出来る旅であったのです。

どこか別の土地へと進んで行くことだけが旅の全てではなく、
こうしてスタート地点を目指して行く旅だからこそ、
見える景色と物事の感じ方があるのだろうな、としみじみ思いました。

"前に進む"という形に見える前進だけを求めていたかつての自分と、
"前には進んでいない"けれど、過ごした時間や出来事に満足を覚える今の自分。
今はもう島に対して閉塞感や行き詰まりを感じることはありませんでした。

ところで島の定義とはなんぞやと思い、調べてみると
"オーストラリア大陸よりも面積が小さく、かつ四方を海に囲まれているところ"
を指すようです。
そう考えると、まだまだ訪れていない島々は数多にあるようです。

島嫌いだった僕の心は、今やすっかり島旅の虜。
随分とひねくれていて、遠回りしましたが
ようやく島旅の魅力にやっと気がつくことが出来ました。

さぁ、次の島旅はどこに行こう?

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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