各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

ノーと言わないニッポン人

2015年02月18日

ベトナムの首都ハノイ。

ここは先の世界大戦以前に存在していたフランス領インドシナの中心都市でもありました。
街の中心にあるホアンキエム湖周辺は、
かつて統治下にあった時代の面影が色濃く残っています。
それでいて、中華世界からも多大な影響を受けてきた
ベトナムのカレンダーは中国暦に沿っていて、
この時期はベトナムの旧正月・テト前の盛り上がりで賑わっていました。

カテドラルの鎮座する欧風の街並みの一角で、
お札や爆竹を売るお店が気勢よくやっている。
土産物屋のおばあさんは台湾でもよく見かけたビンロウ椰子の噛み過ぎなのか、
口の中が真っ赤に染まっています。
かと思えば、向かいのお店ではフランス風サンドイッチのバインミーを売っていたり、
濃厚な味わいに抽出されたベトナムコーヒーを出すカフェは、至る所に点在しています。

中華圏と欧州圏の文化が神妙に混ざり合い、
ここはどこの国とも異なる混沌たる雰囲気を醸していました。
この混沌っぷりに、市内を走る大量のバイクがさらなるカオスを生み出します。

一見すると、目眩のしそうな交通量に見えるかもしれません。
けれど、そこに居心地の悪さは思いのほか感じません。
狭い旧市街を縫うように走るバイクは案外スムーズに流れているし、
オペラハウスの前で、バゲットを売り歩くベトナム帽を被った両天秤のおばさんも、
平然とした顔で金額を一桁多くぼったくりしてくるタクシーのおじさんまで
それぞれが落ち着く所に落ち着いている、そんな風に感じました。

それに日が暮れてからの程よい湿度をまとった暗がりの夜歩きがまた心地良く、
夜でも街を彷徨える安心感は、何よりアジアだなぁと思いました。

ハノイ二日目の朝はフロントからかかってきた電話で起きました。
朝食付きの宿だったから、朝ごはんのお知らせかなと思いきや、
どうもそうではないようです。
「いまフロントに記者が来ていて、あなたの旅を取材したいそうよ」
予想を180度上回る展開に寝ぼけ眼がシャッキリしてしまいました。
いったい何がどうなっているんだ??
それでも『分かりました。いま行きます』と返事をし、
階下に降りるとそこには本当に記者が待っていて
ベトナムのメディア2社が僕にインタビューをすることになったのです。

朝食もなしに始まったインタビュー。
どんなルートでここまで走った来たのか、どうして自転車なのか、
どの国が印象的だったのか、聞かれる内容はありふれていて、
それに応答する僕の答えもありきたりでしたが、
僕は内心"始まった"とほくそ笑んでいました。
そう、こういう流れはこれまでも数多く経験していて、
こういう時はひたすら流れに乗っていけば話は面白い方向に転がっていくのです。

翌日に早速記事としてウェブ上に公開されると、
どうやって調べたのか、たくさんのメッセージが僕のもとに届きました。
"うちに遊びに来なよ""友達になってください"
それこそ遠く離れたホーチミンからも街案内のお誘いが届いたのでした。
そんなメッセージに感謝していると、
インタビューしてくれた一人の記者が家に泊まるよう誘ってくれました。
そして彼女の旦那さんと食事に出かけ、
気が付くと全く関係のない旦那さんの職場の友人たちと飲みに出かけていました。

あのインタビュー以来、僕はただただウン、ウンと頷いていただけです。
どうして今、自分はここにいるんだろう?
そんな錯誤感を感じつつ、軽い酔いに任せてふわふわとした気持ちになっていました。

旅を楽しく過ごすコツのひとつは流れに身を預けること。
だからいつだって二つ返事を出来るような心構えでいたいものです。

ところが、今どきの旅行ガイドブックを読むと、
なかなかそう上手くはいかないようです。
"睡眠薬強盗が増えてきているので出されたものは飲まないように"
"街で声をかけられても絶対についていかないように"
注意喚起や、事件事故のケーススタディなどにページの多くを割いていて、
観光情報よりもついそっちに目がいってしまいます。
トラブルのない旅を、それこそ昨今の情勢を考えればなおさら言わんとすることは
分かっているつもりですが、
果てには"屋台の食事は衛生状態が悪いので避けること"なんて書かれていたら
旅先でいったい何をすればいいのでしょう。
かなり恣意的な書き方をしましたが、
このような内容が最近特に多い気がして、がっかりしてしまうことがあります。
個人的な意見を言えば、これらを律儀に守った上での旅行は
果たして楽しいのだろうかと思います。

ルールや規律に沿った仕組みの中で生きていくことが世の中だと思うのですが、
最近はそのルールが事細かで膨大な量に増えていると感じます。
それらが暮らしの手助けになっていることは確かなのですが、
その一方で息苦しさを感じてしまうこともあります。

でも、例えばハノイ市内を奔走するバイクたちのように
一見すると混沌としている、でもよく見るとするすると流れている、
逆走、信号無視当たり前のカオスの中にさえ
お互いにどうしたら交通の流れを切らさず走ることが出来るか、という
暗黙の秩序のようなものがあるような気がしないでもありません。

だから、こと旅行に限って言えば、
もっと自由に目の前に流れが来たら飛び込んでみていいのではないかと思います。
極端な話、生きていれば大抵のことは笑い飛ばせるのだから、
誘いや勧めを寸断するNoという言葉をまずつぐんでみると、
自分の知らない世界に出会えるかもしれません。

もちろんこのさじ加減はとても難しく、
全てのことにNoと言わないということではありません。
ここハノイでも狡猾に獲物を狙う輩はたくさんいて、
街を歩いていたら突然、足を捕まれ、
履いていたサンダルに素早い手際で接着剤を塗られたことがありました。
彼はサンダルのソールが少し剥がれていたのを見逃さなかったのです。
よく見ているなぁ、よく準備しているなぁと感心していると間もなく、
「マネー」と言ってきました。
ここまでの手際を見ると、ここでお金を払ってしまう旅行者がけっこういるのでしょうか。
隙を見せたら畳み掛けられてしまうので、No!! と言って相手の手を払いのけました。

必要なタイミングで自分の意思を毅然と示すこと。
Noと言えない旅行者とNoと言わない旅行者は大いに違うのです。

さて、名残惜しくもハノイを出発した後も、メディアの影響は絶大で、
走っていると時折り声をかけられたり写真を撮られたりしました。
さすがにベトナム語は分からないのですが、彼らの口ぶりや表情、ジェスチャーで
言わんとしていることは十分伝わってきます。
だから、僕はただウン、ウンと頷いていれば後は勝手にお互いが都合のいいように
解釈していくのだから、世の中って実は案外シンプルかもしれません。

旅を面白おかしく過ごすためには、物事の流れを止めないためには、
Noと言わないことから始まる。そんな風に思っています。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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