各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

倦怠感と付き合う

2015年03月18日

「まだ旅を楽しめてる?」
カンボジアの小さな村で出会ったベルギー人夫婦にそう尋ねられました。
同じサイクリストである彼らからの問いかけは
あたかも今の僕の心情を悟っているかのようで少しドキリとしました。
だから『もちろんだよ』と答えつつも僕の声は
少し取り繕ったようなトーンだったと思います。

このあたりでは本当によくサイクリストたちに出会います。
東南アジアのゲートシティ、タイのバンコクから
世界に名だたるクメール王朝の遺跡アンコールワットまでを一直線に結ぶ道なので
当然と言えば当然なのかもしれません。
ただ、僕のように超長期の旅ではなく、
東南アジア周遊の一、二ヶ月程の旅がほとんど。
だから、自転車もバンコクで買った中古品だったり
バックパックを荷台にくくりつけた即席スタイルもよく見かけ、
退屈な道はバスやヒッチハイクで飛ばす身軽な旅人に多く出会いました。

ラオスから数日間、一緒に走ったイギリス人カップルのケリーとタムゼンは
冗談好きで、彼らといると休憩がつい長引いてしまいましたが楽しい時間を過ごせました。
何より走り終えた後、一日を振り返りながらシェアする夕食が最高に美味しく、
飲み干すビールも格別の味がしました。

とある街で知り合ったアントワンとウィリアムスは
カナダのケベックからやってきた二人組で、
若者ならではの体当たりな旅の話は聞いていて、
かつての自分が重なって妙に親しみが湧きました。

出会う旅人みんながそれぞれの物語をこの地に刻んでいて、いい旅をしています。
いい旅をしているからこそ、すれ違いざまの
何もない路上での立ち話が20分にも30分にも及ぶのです。

そんな彼らとの一期一会は掛け値なしに素晴らしいものですが、
ただ、僕自身が今の東南アジアの旅を純粋に楽しめているかと言うと、
ちょっと自信がありません。
あと一歩、あと少しだけ何かが物足りない。
それが率直な今の感想です。

それは恐らく東南アジアというステージが、
旅行がしやすい地域だからかな、と思います。
昔に比べて高くなったとはいえ、まだまだ手頃な物価で、
宿はどんな田舎でも必ず一軒は見つかって、食事も外れがない。
観光地に行けば、ここがアジアということを忘れるような
無国籍な繁華街が広がっていて、手に入らないものはない。
ここは良くも悪くも計算の出来てしまう地域であり、
それなりに培ってきた僕の経験もまた、
その計算をより正確なものに近づけてしまっています。
○○に行けばどうにかなる、こういう状況では○○すればよい。
積み上げてきた経験が先の展開を予見してしまう。
見越されたとおりの旅ほど胸に響かないものはないのでした。

旅の好奇心が摩耗してしまっているのかなとも思います。
旅の序盤の頃は小さな街であっても必ず街を一周して、
教会があったら何はなくとも入ってみる、名物料理があれば試してみる、
今よりもずっと行動的だった気がします。
最近はといえば、必要最低限の買い物をしたら、
エアコンや扇風機の回る部屋で過ごす時間のほうが長くなっています。
そういえば写真も最近はめっきり撮る機会が減っていました。
贅沢なことを言っているようですが、
長く旅をすることで手にした要領や効率の良さと引き換えに
少しずつ旅の面白さは逓減してしまっているのでした。

冒頭に「まだ旅を楽しめてる?」と尋ねてきたポールとグレイトは
十年に一度、一年間の旅に出ているそうです。
きっと彼らもまた長旅の持つジレンマを知っていたからこそ、
真っ先にこう質問したのでしょう。
シンプルな言葉の裏側に様々な意味が込められた言葉だったから
僕は少したじろいでしまったのです。

擦り切れた好奇心を持ち直すことはとても難しい。
タラレバを言えば、
旅の序盤に東南アジアを訪れていれば、
見えてくる景色もきっと変わっていたろうと思います。
そういう意味で、今は見える景色の全てが新鮮であろう彼らのことが眩しくて、
隣の芝が青く見えてしまうのでした。

そんな旅の倦怠期ともいえるような時間の中で
拠り所となっているのは、去年走り残したシルクロードがまだ残っていること。
陽炎が揺らめくような灼熱の大地に一筋通されたアスファルトの上を、
地平線に向かってひたすら漕ぐ。
あまり理解されないのかもしれませんが、シルクロードで過ごしたあの時間は
自分の中では旅のハイライトの一つなのです。

ある時、宿で知り合ったアメリカ人が撮影する
ドキュメンタリービデオに出演することになったのですが、
あなたにとって旅をする喜びとは何ですかというテーマで話すことになりました。
慣れない英語でのインタビューで何を話せばいいのか迷ったのですが、
言葉のイメージの先に、アフリカやシルクロードでの日々が浮かべると、
思ったよりもスムーズに言葉が出てきたのを覚えています。

冬が到来してしまったという半強制的なところがあったにせよ、
去年、シルクロード後半戦を残しておいた事は、
結果として今の自分の支えになっています。

旅する気持ちの盛り上がりに欠ける時、それとどう付き合っていくかどうか。
ある人は別な場所に飛ぶという手段で、ある人は数年間の年月を空けることで、
僕の場合は、思い入れのある道に舞い戻るという期待で、
気持ちを新たに入れ替えています。

長旅の中で、気持ちの高揚をずっと保っていくことは難しいけれど、
ちゃんと自分の中で興奮を覚えることが出来る場所や方法があれば、
低迷している時間も悪くはないのかもしれません。
きっと元の生活に戻ったら、落ち込む時間のゆとりすら
取ることが出来ないのかもしれないのだから、
気持ちの落ち込む時間も旅の一つの時間として僕は過ごして行きたい。
そして来たるこの夏のシルクロードに向けて、
今の自分の心と粛々と対峙していきたいと思います。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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