アジア冷たいもん選手権
暑い
時刻は午後二時、気温は40℃。
今日も相変わらずここは安定の暑さです。
東南アジアに入ってはや三ヶ月強。
こうも暑さが続くと、もはや融けそうな暑さだとか灼熱の暑さだといった
的を射た言い回しは見つからず、
ただただ暑い、暑い以外に何も当てはまる言葉がありません。
もともと、暑さには耐性があると自負していたのですが、
それは乾燥した暑さに対してであって、
どうも湿度のある暑さにはめっきり弱いらしく、
呼吸をする度に体力が奪われ、大量の汗がほとばしると、
もはや自転車を放り投げ出したい気分です。
ミャンマーでは宿の設備はぐっと下がって、
エアコンなんてものはもちろん見当たりません。
かろうじて扇風機が今にも壊れそうな不安な音を立てながら回るのみ。
けれどその扇風機も、この国では電気の供給が不安定で
突然ぷつりと切れてしまうことが往々にしてあります。
みんな暑い思いをしているのだから、文句を言っても仕方がないのだけど、
一日中、炎天下にさらされて走ってきたのだから、
少しぐらいは涼しい思いをさせて欲しい、というのが本当のところ。
あぁ、この火照りきった体をどうにかさせてほしい!
だから僕は村に着くと、キョロキョロと頭を振ってアレを探すのです。
鉄の鋳物で出来た重厚なアレを。
もったいぶっても仕方がないので、さっさとアレの正体を明かすことにしましょう。
それはかき氷器です。
冷蔵庫もない貧しい農村が続き、
それにもともと電気もほとんど通っていない地域も多いミャンマーだから、
食べ物や飲み物の保冷には氷がよく使われています。
氷屋が運んできた氷をおがくずで包んで大事に保管していて、
朝になるとそれをのこぎりで切り出す光景がよく見られました。
そして保冷に使う氷の余ったものをかき氷として売ってくれるのです。
一片のくすみもない透明感のある氷塊が、
シャリシャリといかにも涼し気な音で削られていく。
その音を聞くだけで、吹き出す汗がすっと引いていくような気がします。
見た目には体に悪そうな毒気のある鮮烈なシロップの色も、
この時ばかりは特別な輝きを放っています。
舌を真っ赤に染めながら、勢い良くかきこむ。
冷たいものを食べた時の、ギューッとした痛みが頭にじわりと広がったあと、
やがて心地良い清涼感と程よい甘みが口に残るあの感じ。
暑い環境で食べる冷たいものってどうしてこうもたまらない美味しさなのでしょう。
これがあれば、ミャンマーもやっていけそうだ。
いや、これがなければミャンマーはやっていけないぞ、
そう思ってしまうほどに、この場所におけるかき氷の存在は特別愛おしいものでした。
ところで僕が訪れてきたアジア諸国にもかき氷を始めとする冷製スイーツは
種類も豊富にたくさんありました。
暑さを吹き飛ばす清涼のひと時。
せっかくなのでここでアジア各国の冷製スイーツ事情をご紹介したいと思います。
【ベトナム】
まずはベトナムの冷製スイーツは、チェーです。
ミルクベースの飲料に、氷や芋、ゼリーや豆などを勢い良く混ぜ込んだ
ベトナム風あんみつとも呼ばれるスイーツ。
一つのチェーで色々な味と食感を楽しめるのが特徴ですが、
一緒に入っている氷の粒が邪魔をして、
どうしても氷の食感ばかりが強くなってしまうのが残念。
また、僕がベトナムに滞在したのは暑さもほどほどの一月で、
それに四季のある北部だったため、
この手の食べ物に最も必要な"暑さ"が決定的に足りずあまり印象に残りませんでした。
【カンボジア】
カンボジア代表は至ってシンプルなかき氷。
ただのかき氷といえど侮る無かれ。
削った氷に好みの味のシロップとサトウキビジュース、それに練乳をかけた一品は、
見た目には甘々な印象ですが、
かき氷のその強烈な冷たさが甘ったるさを抑えてキレを与え、
この炎天下の下で食べだすと止まらないウマさです。
一杯20円程度という安さもあって、とにかくカンボジアではかき氷をよく食べました。
【タイ】
タイの冷製スイーツは東南アジア随一のバリエーション。
コンビニエンスストアで買えるスムージーから
屋台のヤシの実ジュースまでよく冷えていてどれも奇をてらわないイメージ通りの味。
平均レベルはどれも高いのはさすがタイといったところ。
しかし、想像出来てしまう味、という点で
タイの冷製スイーツは半分安心、半分残念というかんじでした。
【マレーシア】
ここまで南下すると、もうこの辺りは年間を通して
完全な常夏に入るためとにかくどこでも冷製スイーツが手に入ります。
なかでもマレーシア代表のチェンドルはココナッツミルクベースに、
かき氷や小豆、黒糖、ときにはコーンまで入ったボリューム満点の一杯。
中でも芋の成分から作られるという緑色のゼリーは見た目にも印象的。
キンキンに冷えたチェンドルを休憩の度に食べていたら、
その日はチェンドル以外食べていなかったなんてこともありました。
【シンガポール】
華僑の国シンガポールは、中華系スイーツが豊富です。
フードコートでは豆花や杏仁氷など、
名前の響きだけで涼しさが伝わってくるデザート屋さんがそこかしこにあります。
マレーシアとも関係が深いため、
マレーシア風かき氷のアイスカチャンもよく見かけました。
どれもシンガポールらしく洗練された味わいですが、惜しむらくは値段の高さ。
物価の高いシンガポールなので仕方のないことなのですが、
冷製スイーツは、「暑い!」と思ったときに手軽に買える気楽さも大事だと思うので、
値段を見て躊躇してしまう価格は、少々残念でした。
【ミャンマー】
そして最後はミャンマーのかき氷の紹介です。
ミャンマーのかき氷は実に評価が難しいところ
。
というのもミャンマーかき氷は何でも入れてしまうぶち込み系かき氷で、
お店によって味が全く違ってくるからです。
ベースはカンボジアかき氷と同じ、シロップ+サトウキビ+練乳ですが、
ここに加わる具材が様々で、ピーナッツだったり、ビスケットだったり、
果てには食パンまで。
冷製スイーツの肝は冷たいものをより冷たくして食べるだと僕は思っているのですが、
ビスケットなんかは冷たさを遮断してしまうし、
いくら水分を吸収しているとしてもあのモソモソとした食感は消えないので、
かき氷向きの具材ではないと思うのですが、どうでしょう?
ただ、たまにグミが具材で入っているときがあって、これは美味しいです。
冷たさを損なうことはないし、
それでいて弾力がある歯ごたえは口の中の一つのアクセントになります。
だからミャンマーのかき氷は店頭に並べられている、
具材を見て注文をしなければいけません。
さて、アジア各国の冷製スイーツ事情、いかがだったでしょうか。
アジアといえば日本人にも口馴染みのする美味しい食文化や
屋台の食べ歩きが一つの楽しみですが、
自分が考えるアジアが食の大御所たる所以は
こうした冷たい食べ物が身近にあることだと思っています。
振り返ってみれば、一部の地域を除いて世界中で
冷たい食べ物ってなかなか見かけませんでした。
どんなに暑い地域でも冷たいものといえば水かコーラしかないような国がほとんど。
喉がカラカラに乾いたところに流し込むコーラは確かに格別に美味しいのですが、
さすがにそればかりではちょっと飽きてしまいます。
だから各国それぞれに冷たいものがアジアはやっぱりすごいと思います。
これがあるから、暑い暑~いアジアもなんとか踏ん張れそうです。
ところで、よくガイドブックには、現地の氷は食中毒のもとだから
決して食べないようにと口酸っぱく書かれていますが、
今のところお腹を壊したことはありません。
アジアの衛生環境も一昔に比べれば、随分良くなったと思いますし、
氷も見た目には透明感があって、信頼のおける場所で作られているはずです。
ところがある日、前の日に分けてもらっていた氷が水筒の中で
融けていたのを見てびっくりしました。
水になった氷は、目に見えるほど茶色くよどみ、
さらにはいくつか見慣れないナニカがふらふらとその水の中を漂っていたのでした。
思わず自分のお腹に手を当てる。
『問題は
ないよな
?』
さすがの僕も、そんな氷を食べていたとなるとちょっと心配になってきます。
今日ぐらいはちょっと様子見でかき氷は控えよう。
そう思って出発したはずなのに、やっぱり今日もあえぐような暑さで
村に着くとやっぱりキョロキョロとアレを探してしまいました。
そしてすかさず手をグルグルと回して、
氷を削る仕草を見せて一杯頼んでしまいました。
『この暑さでかき氷抜きなんてやってられるか!
食中毒? そんなものなってから考えればいいのだ!!』
と、なかば開き直りにも近い気分で、かき氷をかっ食らう。
この暑さでかき氷の誘惑に抗える人なんているのでしょうか。
僕のお腹は、"今のところ"大丈夫です。