各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

冬夏青青短パン主義者

2015年08月05日

色々な国を訪れて分かったことですが、
世界は思ったよりもずっとモノに溢れていているということです。
宿のあるところや食料の手に入る場所を目指して走っているのだから、
当たり前のことなのかもしれませんが、
しかし市場に足を運んでみると、
毎度のことながらその物量やエネルギーに圧倒されてしまいます。

砂漠の街の市場で大玉のスイカや瑞々しいブドウが並んでいるのを見かけると
いったいどこにそんなものが生っているのか不思議に感じて仕方がありません。
そして今や携帯電話やコンピュータ関連の製品は
どこでも同じ物が手に入れることが出来ます。
それでも世界中で今も飢餓や貧困に苦しむ人々が絶えないのは、
モノの流れ着く先や、現代の交換基軸となるお金が
どこか一方に偏っているからだと思います。

と冒頭から少し話が逸れてしまったのですが、
ともあれこれだけモノが溢れていれば、旅をするために
わざわざ日本で全てを完璧に買い揃える必要性もないような気がします。
そういう今の僕は、ネパールで買ったTシャツを着て、
『はぁー今日も暑い暑い』とミャンマーで買った扇子を扇ぎながら、
この文章を書いています。
だからそんなに気負わずに無くなったり足りないと思ったものは
現地で買い足せばいいのだと思います。

ただし問題はその品質や鮮度です。
洗うと墨汁のように色が落ちてゆくTシャツや
ほとんど保温しない水筒などが平然と売られています。
無人地帯に向けて買ったロールケーキを荒野の真ん中で開けてみたら、
ビッシリとカビに覆われていたときは、
怒りに震えてケーキを地平に向かって投げてしまったこともありました。
充電ケーブルを買いに行くと同じようなものが何種類か置いてあるので、
金額の違いを尋ねてみると本物か偽物かの違いだと言います。
値段の安さに釣られて偽物を買ってみると
僅か数回の使用で使い物にならなくなってしまいました。
それでも、購入前には通電チェックをしていて、
そういう時はしっかりと動作しているのだから、
何だか手品でも見ているかのような気分です。
こんなことが日常茶飯事だからこそ、
日用品から生鮮食品まで金太郎飴のように品質が平準化されている
日本と違って海外ではモノを見る目が問われるのです。

というわけでようやく本題です。
基本的には現地で物資を買い足す僕も
上に書いたように、現地のモノではいまいち納得出来ず、
こればかりは日本から用意したというモノがあります。

それは丈の短いパンツ、略して短パンであります。

長期に渡る今の旅でも、日本にいた頃のちょっとした出張でも
思えばいつだって真っ先にパッキングリストにあがってきたのは短パンでした。
愛用しているのはアウトドアスポーツ用のものですが、
今では恐らく年間340日以上、この短パンを履いて過ごしています。

ちょっと待て、短パンこそどこでだって手に入るじゃないかという声が
矢継ぎ早に聞こえてきそうですが、落ち着いて下さい。
そして少しだけ僕の並々ならぬ短パン愛に耳を傾けて欲しいのです。

いかに短パンが旅に向いているのかを説明すると、
まずはその圧倒的速乾力に惚れ込んでいるからです。
旅の衣類は着たきり雀というのもいいですが、
やはり時には洗濯をして身ぎれいにしたいもの。
速乾性の素材で作られていて、
長ズボンに比べて生地面積も少ない短パンはすぐに乾くので
限られた荷物しか運べない旅では、欠かすことが出来ない一穿きなのです。

走り終わりのシャワーついでに石鹸でじゃぶじゃぶ洗って、
自転車にかけておけば、翌朝にはすっかり乾いているので
またこいつを穿いて走りだすことが出来ます。
ちなみに今いる乾燥高温地帯では、
洗濯をして20分ほどパンツ一枚でウロウロと時間をやり過ごせば、
あっという間に乾いてしまうので短パン一つで旅をすることだって可能なのです。
(20分と言えど、下着一枚でウロウロすることの方が難しかったりするのですが)

それじゃあ短パンは夏向けのものなのかと言えば、そんなことはありません。
肌寒さを感じるようであれば、下にスパッツを穿けばいいのです。
さらに気温が下がれば厚手のスパッツに切り替えることで適応温度は広がります。
レイヤリングをすることでどんな状況にも対応し得る短パンは
何とも着回しが利く一枚なのです。

着回しが利くということは、そのまま荷物の軽量化に繋がります。
軽くなった荷物はもっと遠くへ足取りも軽くさせ、旅の楽しみを損ないません。

軽量化という点では、僕の短パンは中にメッシュのインナーパンツが付いているので
この一枚が水着にも下着にもなる点も見逃せません。
僕の場合、洗濯が出来ない日が続くような状況もたまにありますが、
そんな時は禁断の短パンの直履きなんて荒業で
代えの下着がない絶体絶命のピンチを脱出するのです。

こんなシンプルだけど気の利いた一枚というのは、
なかなか海外で見つけるのは難しいのです。
仮にあったとしても派手なロゴマークがついていたり、
いかにもスポーツ用品ですという風体だったり。
見かけで目立ってしまうことは防犯の上でも避けるべきことなので、
普段着のようなデザインというのも見逃せないポイントの一つです。

マチの深いポケットは落し物を減らし、
ボタンやジッパーのついたお尻ポケットは財布などの貴重品を入れるときに便利です。
コソ泥というのはいかに隙だらけの人間を狙うか、なので、
見た目に少し盗りにくそうだなと思わせるだけでも大きな抑止力となるのです。

そしてこれは多くの人が納得するところだと思いますが、サンダルとの相性が抜群です。
どちらも共通する部分が"濡れても平気"なところ。
突然目の前の道が陥落し、川が流れていたとしても
気にせず突っ込める行動範囲がとても魅力的なのです。

しかし、向かう所敵なしに思える短パンにも思いがけない強敵が立ちはだかります。
それは宗教施設です。
キリスト教もイスラム教も、仏教もどれもあまり肌の露出を好まないので
教会やモスク、寺院などを訪ねる際は長ズボンでなくてはいけません。
でもそんな街歩きには必殺のコンバーチブルパンツです。
これは膝から下がジッパーで脱着出来るので、脱着した部分を持ち歩いて、
いざ宗教施設を訪ねるときだけは
長ズボン仕様に切り替えるなんて裏ワザが出来てしまうのです。

滔々と短パン愛を語ってきましたがいかがだったでしょうか。
ここまで来ると、そこまでして短パンでいたいのか! という声が聞こえてきそうですが、
短パンのもつあの開放感は一度味わってしまうと病みつきになってしまうのです。
穿いた瞬間から、さぁお前はどこに行ってもいいんだぞ、
好きなように過ごしていいんだぞ、と語りかけてくるような雰囲気を持っているのです。
旅も終盤の今日このごろ、日本に帰ったら
この年中四六時中短パンライフとお別れになるかもしれないと思うのが、目下の悩みです。

対応気温はマイナス10℃から灼熱の50℃まで。
対応天候は快晴から小雨まで。
こんなに適応気候が幅広い衣類って実はなかなかないのではないでしょうか。
こんな気の利いた短パンが世界中の市場で売られるようになったら、
世の中はちょっとだけ幸せに向かって前進するのに、とさえ思います。

さて、そんな僕の愛用品も長年の使用でだいぶガタが来ています。
常にサドルと背中合わせのお尻の部分に穴が開いてしまいました。
幸いにしてここキルギスでは、
小さな街のバザールでも大抵仕立て屋が入っているので
そこで修理してもらうことにしました。

カタカタと音を立てるミシンの針先が、この短パンと過ごした思い出を
縫い止めるように上下に絶え間なく動く。
出来合いの既成品が自分だけの専用品に変わってゆくこの瞬間がとても好きです。

タイのタオ島で突然おしりがビリリと破れ、港近くでチクチクと縫った船待ち時間。
ミャンマーからインドの国境沿いの民家でミシンを見かけて、
まだ入国手続きさえもしていないのに
すみません、こいつを縫ってもらえないですかと突撃訪問したあの時。
この短パン一つを媒介として色々な物語が思い出されるのです。

縫いあがった短パンを見て、僕は思わず心が和みました。
裏地を当てて補強した表の縫い目は星の形に縫い付けられていたのです。

こういう仕上がりにも各地のお国柄が見えて面白いです。
縫えばいいんでしょ、生地と糸の色が違っていても気にしないでよ、
なんてところもあったのに、
この星形の縫い目からは、かつての宗主国であるソ連を経由した
ヨーロッパ的なセンスが感じられるように思えました。
そして、股の部分の以前僕が自分で縫った部分を見つけて、
『これはあなたが縫ったの? ひどい出来ねぇ、ほら、ここも縫い直してあげるわ』
こんな風に言うおばさんは、世話焼きなキルギスのお母さんという感じもしたのでした。

これでまた一緒に旅が続けられる。
刺すような日差しの砂漠にも、はたまた風が切り裂く荒原にも、
この先もいつだってどこだってこの短パンで分け入っていこうと思います。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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