各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

腹一杯の朝食を

2015年09月09日

中国を訪れる人々の多くがそうであるように、
僕もまたご多分に漏れずこの国での楽しみと言えば三度の食事です。

中華料理といえば餃子や青椒肉絲、天津飯といった料理が
日本人にとって馴染みがありますが、
実際には地方や省、それに民族といった単位で多くの種類の料理が存在しています。
例えば西方料理は、麻婆豆腐や回鍋肉といった四川料理に代表されるように辛く、
南方のシュウマイやワンタンのような広東料理は油も控えめでさっぱり味です。
それに新疆ウイグル自治区だったら拌麺、甘粛省のような回族が多い地域だったら羊肉、
東南アジアに近い雲南では米粉の麺がよく食べられていたように
地域ごとに非常に特色があります。

嬉しいのは、どの地域であっても
大抵他の地域から移り住んだ人々が食堂をやっているので
いつでも色々な地方の料理を楽しむことが出来ること。
味付けだって甘いも辛いも、しょっぱいも酸っぱいも多種多様。
だから一口に中華といってもそれはもう圧倒的な料理の選択肢で
料理を選ぶことが出来るのです。

曲がりなりにも世界の食堂を巡ってきた者からすると、
この食の多様さには改めて驚かされます。
世界の食堂では、牛か豚かどちらかしかないよとか、
ウチはフライドポテト一本でやってるんだよ、とそんなお店も少なくありません。
大枚を叩いてしっかりしたレストランにでも行けば話は変わってきますが、
大衆食堂で選ぶことが出来る料理の種類は平均して3~4種類程度ではないでしょうか。
それに表の看板やメニューには載っていても、
実際には無く選べる料理は一品だけという"看板詐欺"もよくあります。
民家に招かれた際、振る舞ってくれる家庭料理は
どの国でも特徴があって、それなりの種類があるというのに、
食堂を訪れるとなると途端に選択肢がほとんど無くなってしまう国もあり、
これはどうにも解せない世界の不思議と言ってもいいかもしれません。

だから中国を含むアジア諸国の、
様々な種類の食材や調理方法で作られた料理が
何気ない道端の食堂でもごく普通に注文することが出来るということは、
ちょっと感動的なことであったりするのです。

とりわけ中国の食堂の素晴らしいところは、何と言っても早朝からやっていること。
もちろんまだシャッターが下りている食堂もありますが、代わりに屋台が出ています。
通りを行き交うトラックやバスが巻き散らす砂埃と粉塵で、
昼間は躊躇してしまう屋台飯も朝ならなんとか食べられます。

軒先の何段も重なったセイロがモウモウと蒸気を上げる傍らで
熟年の夫婦がせっせと包子(中華まん)を包んでいる様子が見えます。
このあたりは非常に乾燥した地域のため、
その立ち上る蒸気は一層けたたましく踊り狂っているようにも見え、
どんな看板や広告よりも効果的に僕を手招きするのです。

包子を一楼(セイロ一皿)頼んで、ハフハフとかぶりつくと、
断面から餡と少しの肉汁が顔を覗かせます。
この餡も具材が豚肉だったり、キノコだったりニラ玉だったりと変わってくるので、
朝のおみくじ気分で食べるのもなかなか面白いです。
一緒に頼んだ豆乳を飲み干す頃には体もぽかぽかして出発の準備が出来上がりです。

このあたりでよく見かける朝食は
他には油条という中華揚げパンに豆腐脳というスープ。
揚げパンをスープにちぎって浸して食べます。
それにお粥も朝の定番メニューの一つです。

まだまだ味が濃く油っぽい料理の多い西方でも、
朝はこんな風にシンプルでさっぱりした朝食が多く、
これは昼食や夕食のために胃腸を整える意味もあるそうで、
中国の朝食は何かとよく出来ています。

自転車旅において一日の三食の中でどれが一番大切かといえば、
朝食が最も大事だと僕は思います。
食事は自分にとってガソリンのようなものですから、
朝からガス欠では走れるものも走れません。
空腹感を感じていないとしても、実際にはそのスピードに如実に影響し、
しっかり食べた朝とそうでない朝では平均時速が2km前後変わってくるほどです。

一日の成果は朝食によって左右されると言ってもよく、
温かい料理をお腹一杯に食べることが出来て、
それでいて口に合うおいしい料理なのだから中国の朝ごはんは素晴らしい。

始めの頃、アメリカやメキシコを走っていた時の朝食といえば、
毎日ほとんどシリアルかカップラーメンだったと思うのですが、
今振り返ってみると、それでよく走れていたなと我ながら少し呆れてしまいます。

朝の体が眠っている状態(低血糖)を起こすためには、
脳にエネルギーを送ってあげなければなりませんが、
そのエネルギー源となるのが体内で糖質に変換される炭水化物です。
お腹いっぱいに食べ過ぎると消化吸収に時間がかかりますが、
ゆっくりと分解される分、エネルギーの持続力も
ヨーグルトやコーヒーといった軽食に比べてずっと長持ちします。
長距離ツーリングは有酸素運動で、瞬間的なエネルギー消費は必要ないので、
ガツッと食べて徐々に消化吸収するサイクルが丁度いいのではと思います。

それに朝食をしっかり摂ると一日のリズムを作ることが出来ます。
朝起きて、空腹の状態で何かを口にすると胃腸が刺激されて便意が起こりますが、
宿に戻ればトイレに行くことも出来ますし、
逆に走行中にトイレを探して右往左往はしたくありません。

お昼時に調度良く昼食を食べることが出来る場所があるかも分からないので、
朝を食べておかなければ、露頭に迷うことにもなりかねません。
かといって出来ることなら、走行中の自炊はやりたくない無精な性格なものですから
一日の中で確実に計算のつく朝に
しっかりとご飯を食べておくことが一日の必勝法なのです。

朝食を摂る食習慣はもともと世界中であまり一般的ではなくて、
それまで昼と夜の一日二食だった食生活を
あのエジソンがトースターを売りたいがために、一日三食を提唱したところから
朝食を摂る食生活が加速度的に広まったと言われていいます。

そのため健康にはもともとの一日二食が良いとされる朝食有害説が根強くありますが、
こと自転車旅においては、朝食は断然なくてはならない存在です。
電気もない時代であれば人間の行動時間も日中に限定され、
エネルギー消費も今よりも短かったはずですが、
明かりが発達して行動時間が延びるようになった今、
一日のエネルギー消費は増えているはずです。
産業革命期のイギリスで労働者階級を中心にポテトや豆、ベーコンにソーセージといった
ボリューム満点のイングリッシュブレックファストが広がりだしたことからも、
現代の生活時間と生活習慣にこそ朝食は欠かせないものなのではないかと思います。

一日の計は朝食にあり。
ということで今夜の宿は道路を挟んだ向かいに包子屋さんがある超一等地。
明日の朝はそこに行ってみるつもりです。
翌日に楽しみがあると不思議なもので、その夜の寝付きも滑らかに夢へと落ちるのでした。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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