各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

軽快な旅支度で

2015年12月02日

ねっとりとした湿り気がすかさず体中にまとわりつき、
たくさんの人が忙しなく往来する香港の街角にいました。
ついこないだまで辺り数十キロに生き物の気配を
まるで感じないモンゴルの荒野にいたはずなのに。

なぜ僕がいま香港にいるのか説明すると、
中国での滞在延長を断られてしまったためです。

観光客など皆無の辺鄙な場所にある中蒙国境を無事突破したのも束の間、
強烈な北西からの風が寒冷前線を運んできて、雪に捕まってしまいました。
雪に閉じ込められて三日間身動きが取れず、ここでのロスが後になって大きく響きました。

枯れたひまわり畑が見渡す限り広がり、街のあちこちに白菜が並ぶ
内モンゴルの景色に急かされる様に走ってきましたが、
中国横断完了まで残り300kmというところでとうとう滞在期限が来てしまったのです。

いくつかの市の公安局に延長の相談に向かうも、いずれも答えは「不可以。」
断られてしまいました。
あるところでは、延長が出来るかどうかは分からない前提で
延長後の出国を証明する飛行機チケットを用意しろと、
まるでとんちのような難題を突き付けてきます。
僕の周りでもある友人は"現金3000ドル"の提示を求められたり、
また別な友人はどういうわけか"9年間有効"の滞在許可を得たりと
まるで対応がバラバラです。
こればかりは話が分かる担当者でありますようにと、運に任せる部分も強く、
法ではなく人が統治する人治国家と揶揄される実態がここにあるのでした。

ここまでずっと自力で走って来たのに最後の300kmを諦めて、
バスで飛ばして韓国行きの船が出る港に行くしかないのだろうか…
考え込む時間もなく決断が迫られるなか、
僕が出した答えは『そうだ、香港へ行こう』でした。

1997年にイギリスより返還された香港は枠組みとしては中国の一部を担いますが、
一国二制度という独自の制度を採用しているため、
特別行政区として大陸本土とは異なる法・経済制度下に置かれています。
そのため香港を訪れれば、中国を"出国"した扱いになり、
また中国に戻れば再びVISAなしで15日間の滞在許可が得られるのです。

15日あれば十分に残りの距離は走破可能です。
たった300kmのための地球を股にかけた壮大な寄り道。
どこかの鉄道会社のコピーのように気軽に行けるような距離ではないので、
お金も時間も散財もいいところだと我ながら飽きれてしまいますが、
でもこういう寄り道が今の自分を成しているわけでもあるので、
手間には思っても案外嫌いではありません。

そんなこともあって長距離バスを捕まえてまずは遼東半島の先端、大連まで移動し、
今年開通したばかりだという地下鉄に乗って空港へ。
上海で飛行機の乗り継ぎを経てようやくやっと遠路はるばる香港に到着です。
幸か不幸か、別れを告げたはずの夏が再びやってきたのです。

さて、今回はあくまで新しい滞在許可を得るためだけにやって来た香港だったので
自転車はもちろん、ほとんどの荷物を大連の宿に預けてきました。
持ってきたのは替えのTシャツと下着を二枚ずつに羽織用のシャツを一枚、
洗面用具とカメラとスマートフォン、それにパスポートとクレジットカード。
あとはパソコンです。
本当はパソコンも置いてきたかったのですが、
残念ながら本ブログの更新があったのでやむを得ず…、
いえいえ、このブログが僕と日本をつなぐ数少ない繋がりであったりするので
こればかりは途切れさせるわけにはいかないと持ってきました。

それでも小さなデイパック一つで自由に好きな場所に行ける軽やかさはとても心地がいい。
空港で長蛇の列が出来るチェックインカウンターにわざわざ並ぶ必要も、
預け荷物の重さを気にしてハラハラする必要だってありません。
到着した先で、何故かいつも一番最後の方に出てくる
自分の機内預け荷物を待つ必要だってないから
さっと空港の外に出られる小気味良い軽快さといったら!

少ない荷物で旅をするメリットは、何も飛行機の時だけでなく
旅行のあらゆる場面でぐぐっと効いてきます。

市街へ向かうバスに乗り込んで、みんなが降りた場所で僕も適当に降りてみる。
宿を決めていなくても、僕には自由に歩き回れる軽い肩と足があるから、
飛び込みで訪ねて自分の目で確かめればいいのです。
考えてみれば、宿の良し悪しは旅の印象のかなり多くを占めるものであるのに、
ガイドブックの情報や写真、予約サイトの口コミだけで宿の様子をあれこれ想像して、
実際に見ずにして決めてしまうというのは、
旅の醍醐味を放棄してしまっていることだと思います。
そこが良いか悪いかは訪ねてみれば一発回答、
最終的には自分のフィーリングで決めるのが良い宿を引き出すコツだと思います。

また運悪く、いや僕の場合は興味本位だったりするわけですが、
こそ泥が巣くう格安の泥棒宿に泊まる場合であっても、
どこにでも持って歩ける重さと量の旅荷物であれば
宿に置いておくものがないから荷物の心配をしなくてもいい。
置いておくものといえば使いかけシャンプーや
汗をたっぷり吸った前の日のTシャツぐらいです。
こんなものを盗む泥棒はさすがにいません。
盗難は楽しい旅気分に水を差す最大のアクシデントだと思うので、
盗られないようにあれこれ対策を練るよりも、盗られるものがない、
これこそが最大の盗難対策だと思います。

それに、ものが少なければ一つ一つをちゃんと記憶できるから、
どこかに置き忘れるなんてこともぐっと減ることでしょう。
愛用の銘柄の洗顔フォームとボディソープを旅行中は石鹸一つにまとめれば
それだけで忘れ物の確率は半分です。
日数分用意する下着を、どこかで一回洗濯すれば
それだけで劇的に荷物は少なくできるはずです。

食い倒れの旅、リラクゼーションの旅、世界遺産の旅、
人それぞれの旅のスタイルがあると思いますが、
どんな旅であってもものが増えるほどにしがらみや不安要素は増え、
嵩んだ荷物はどこにでも行けるフットワークを奪い、
結果として旅の幅を狭めてしまうものになると思います。

アレがなければやっていけない、コレがなければ生きていけない、
大丈夫です、アレもコレもなくてもやっていけるし、生きていけるはずです。
ただアレやコレがなかったときのことを知らなかっただけです。
だから旅行においてはアレコレ完璧な旅支度を揃えることは正解のようで、
少し違っているような気がします。
"あれば便利"は"なくても問題なし"
そう置き換えて旅の荷物を選んでみると、旅の足取りはもっともっと軽くなると思います。
それは我慢ともちょっと違っていて、どちらかといえば快感に近い感覚な気がします。
そんな新しい自分に出会えることも旅の魅力の一つのはずです。

街頭から漂う美味しそうな匂いにすかさず反応出来るスピード感や
いつもなら少し遠いかな…と地図を見て諦めてしまう場所にも行ける広い行動範囲、
怪しげなだけど面白そうな雰囲気を放つ路地裏にふらふらと迷い込む一歩、
そういう場面で背中を押してくれるのが荷物の少なさや軽さだと思います。
そして旅は出たとこ勝負の方が断然面白い。

そんなわけで出来る限り荷物を減らしてやってきた香港ですが、
やっぱりどう考えてもパソコンが邪魔でした。
電源ケーブルを合わせると結構な重さになるってしまうし、
カバンの中の取り扱いに気を配らなくてはなりません。
ちゃんと前もってブログ記事を更新しておけばよかったなぁと悔やむばかりです。

旅は出たとこ勝負でも、旅の準備は計画的に。
前日に香港行きを決めた僕はもう既に負け戦だったというわけでした。

10月24日(土) 香港中心部にある尖沙咀地区
怪しいクスリ売りや客引きの絶えない多国籍ビル重慶マンション内の安宿より更新。

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

最新の記事一覧

カテゴリー一覧