各国・各地で 自転車世界1周Found紀行

くらしの楔

2016年02月10日

中央アジア・タジキスタンにあるムルガーブは、
寒村という言葉がぴたりと当てはまるとても小さなところでした。
パミール高原最大の集落ということでしたが、
トタンで囲われた民家の外壁は風が吹くと寒々しく軋み、
コンテナが並ぶバザールは多少活気があったものの、
夕方前にはすっかり人気がなくなって、
哀愁を感じさせる影が西の山から伸びてきます。

ほとんどの家庭に水道はなく、
電球は細々と灯っていればいい方で、ほとんどの時間はぷっつり消えています。
宿のゲストのために用意されるシャワーは、
近くの水場から何度も往復して汲んできた水をストーブで温めたバケツシャワーで、
そのストーブの燃料は家畜の糞と周囲に僅かに生えている草木でした。
冬の寒さはとても厳しく、ひとたび雪が降り積もれば
数百キロ離れた隣町との交流も途絶えてしまうような場所です。
どうしてこんなところに…。
失礼を承知で言えば僕はこんな風に思いましたが、
彼らがこの場所に住み続ける理由を聞く現地語の持ち合わせもなかったため、
それを尋ねることは叶いませんでした。

南アフリカ・ケープタウンは美しい街でした。
時に艶めかしくくびれ、時に荘厳に連なる海岸線は文句なしに世界一で、
いつも太陽がまぶしく降り注ぐ、入植者たちの理想が凝縮されたような場所でした。
こんなところに住めたらな、そんな風に思ったことを覚えています。
街のシンボルであるテーブルマウンテンは、
テーブルクロスというこの土地特有の雲がかかっていない日が特に美しいのですが、
その山の向こう側に巨大なタウンシップ(黒人居住区)が
あったこともよく覚えています。
美しい街の光と影の強烈なコントラスト。
治安、人種差別、疫病、貧困、様々な問題が
燦々と照らされる光が強ければ強いほど、濃い影として今も根強く残っていたのでした。

チレアンパタゴニアを走るアウストラル街道の、
南の外れにトルテルという村がありました。
氷河に削られた深いフィヨルド地形のため、
数年前まで陸路でアクセスするための道すら存在しておらず、
桟橋と階段だけで構成された村は映画の舞台に迷い込んだと錯覚するような
可愛らしい雰囲気でした。
木造の家から伸びる煙突のもやもやと漂っては消える煙は、
雨がちなこの地域によく溶け込んでいます。
後に辿り着いた世界最南端の街よりも
ここには最果て感がずっと強くありました。
ストーブに当たって薪が爆ぜる音を聞き、
何日も止まない雨が海面に注ぐ様子を窓越しに眺めながら、
この村に住む人々は何を思い、何を考え、
ここに暮らしているのだろうとぼんやり考えました。

それから何百、何千という数の集落、村、街、都市を通り過ぎて、
そこで暮らす人々を覗いてきた末に、福島県にある実家に辿り着きました。
家の佇まいはこの家を出た十数年前からほとんど変わっていないように見え、
手に取る感覚であっという間に馴染んでいきます。
久しぶりに再会した友人たちの県北のアクセントを聞いていたら、
自然と僕の言葉も福島の訛りになっていきました。
自分の故郷なのだから、当然なのかもしれません。
生まれ育った場所なのだから、それだけで片付けられることなのかもしれません。

でも、そんな当たり前に思いがちな理由こそが
僕をここに再び導いたことは紛れもない事実です。
また、それは世界の都市や辺境に住む人たちにとっても、
彼らがそこで生活している理由とも同じことなのだということも
ようやく分かるような気がしています。
他の誰かにとってはとるに足らなかったり、理解されにくい理由だったしても
自分にとってはかけがえのない理由がある場所。
そういう場所をみんな持ち合わせているのです。

そして例えばそこは生まれた場所や故郷ではなくて、
もしかすると偶然辿り着いた場所だったとしても、そこにいるには理由があって
その理由を見つける行為こそが僕たちが人間である所以なのではないかと思います。
家族、出会い、宗教、言語、民族、自然、料理、お祭り、直感、気候…
人それぞれがその土地に根差すため理由を持っていて、
そこにいる偶然を必然に変えていっているのです。

香港の友人の言葉を思い出します。
「もし自分が日本人だったら日本に住んでいるだろう。
でも私は香港に生まれたからここに住む。
ここには言葉の節々まで通じ合える古くからの友人がいる。
ご飯の味覚が合う仲間がここにはいる。
ここから見る夜景だって世界一美しいと思っているんだ。
だからもしどんなに自分が自分の国に失望したとしても、
自分の場所はここだから、ここに住み続けるよ。」

どうして自分がそこにいるのか。
どうしてそこで生きているのか。
自分がそこにいるための理由を
みんなそれぞれ自分だけの理由の楔で打ちつけているのです。
その楔の正体こそが"くらし"なのだと思うのです。
トントントントンと、普通の日常の繰り返しの中で深く打ちついていく行為。
それは僕が世界中で美しいと思って見てきた風景であり、
旅を終えてこれから僕がやっていかなければならない事なのだと思います。

今日も地球のどこかで繰り広げられている数十億通りの営み。
世界中の人々から受け取ったくらしのヒントを反芻しながら、
これからは生活者としてこの場所で生きていきたいと思っています。

約2年6カ月に渡り世界中にある無印良品らしいものを探して旅した
自転車世界1周Found紀行は今回をもちまして最終回となります。
無印良品はモノを売るブランドですが、
モノを通じて思想を発信していくブランドでもあります。
世界を旅する日々はこれで一旦終わりとなりますが、
自分の中の無印良品の思想を追求していく心の旅は
これからもずっと続けていきたいと思っています。
そしてそれをどうやって体現していくか、試行錯誤の毎日が今は続いていますが
無印良品という生き方を通じて、
近い未来にまたみなさんにお会いできることを願っています。
また、地球のどこかで。
ありがとうございました

  • プロフィール 元無印良品の店舗スタッフ

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