日本最古のみりん蔵
今でこそ和食の調味料として欠かすことのできない「みりん」。
今日でも正月のおとそに用いられることがありますが、
かつては甘いお酒として女性を中心に愛飲されていたんだとか。
調味料として用いられるようになったのは江戸時代。
高価で手に入りにくかった砂糖の代用品として、
うなぎ屋や蕎麦屋など料理店で使われたことが始まりだそう。
そんなみりんの現存する日本最古の醸造元が、
愛知県碧南(へきなん)市にあると聞いて訪ねました。
「九重味淋(ここのえみりん)」。
創業はなんと1772年。実に240余年にわたって、
脈々と受け継がれてきた伝統製法でみりんづくりに励む醸造元です。
米など豊かな農産物に恵まれた愛知県中南部に広がる三河の平野は、
酒蔵も多く、醸造に適した気候風土でした。
また、海が近く江戸などへの水運の利便性が良かったことも、
三河でのみりんづくりが栄えたひとつの要因だそうです。
現在では埋め立てられ、その光景も想像しにくいのですが、
九重味淋のこの大蔵も、海辺に構えられており、
できあがったみりんは、ここからすぐに水運で出荷されていたんだそう。
築300年という蔵には、醸造の歴史が息づき、
九重味淋ならではの風味を醸し出していました。
本みりんに用いられる原料は、厳選されたもち米と米麹、焼酎のみ。
もち米を用いるのは、うるち米よりも糖化されやすく、芳醇な甘味が多く作られるため。
十分に蒸されたもち米に、二昼夜かけて仕上げられた米麹と、
香り豊かな焼酎が加えられ、「もろみ」が作られます。
このもろみを18~20度に保たれた蔵で、
時に蔵人が「櫂入れ(かいいれ)」を行いながら、
50~60日かけてじっくりと糖化熟成させます。
麹の働きによって、もち米のでんぷん質やたんぱく質が分解され、
ブドウ糖をはじめとした自然の上品な甘みや旨みが生み出されていくのです。
もろみは酒袋に詰められ、
槽(ふね)と呼ばれる伝統的な「佐瀬式圧搾機」で搾られます。
余分な雑味が出ないよう、最初はもろみ自身の重さで、その後、
徐々に圧力を加え、2日間かけてゆっくりと搾っていきます。
搾った後のみりん粕は、
この地域の特産「守口漬」という漬けもの用などに利用。
そして、搾ったみりんは、先ほどの築300年の蔵に移され、
半年から1年のあいだ貯蔵熟成。
味に深みの増した芳醇な本みりんが完成するのです。
この本みりんは、糖度が約50%、アルコール度数は約14%の調味料として、
料理に深い味わいと甘みをもたらすのはもちろんのこと、
アルコール分が魚等の生臭さを抑え、甘い香り成分が生み出されます。
最近では、酒税の対象にならないアルコール度数1%未満の、
水飴などを混ぜて作られる「みりん風調味料」も多く流通していますが、
調味料としての効果もまったく異なるそうです。
九重味淋の出荷先の8割が、老舗の日本料理屋をはじめとした飲食店ということが、
その品質の高さを物語っています。
研究管理課の川崎明子さんは、みりん醸造にかける想いをこう語ってくれました。
「今も変わらず、このみりんを造ることができるのも、
代々、知識だけならず細かい作業までをつないできてくれたからこそ。
これからも、日本の食文化の一端を担っている自覚を持って、
この味を作り続け、後世につないでいきたいです」
そんな想いの背景には、
九重味淋の第二十八代目、石川八郎右衛門氏の、こんな言葉がありました。
「食」とは人に良く、
「味」とは、未だ口にせざるものなり。
時に言葉に隠された語源に立ち返ることが、
原点を見失わずに進んでいく秘訣なのかもしれません。