東濃のtonono
岐阜県南東部に広がる東濃(とうのう)地方。
裏木曽に当たるこの地方は、激しい寒暖の差に痩せた土地が特徴です。
同じ県内でも、飛騨地方のケヤキやトチといった広葉樹に対し、
東濃地方に育つのは、ヒノキやスギといった針葉樹。
この地で長い年月をかけ成長する木は、年輪幅が少ない良質な木材へと育っていきます。
伊勢神宮の遷宮用のご神木も、この地から奉納されるほど。
こうした木材は、主に建材として用いられ、
端材は曲げ輪の技術で、お弁当箱などが作られてきました。
「なかでも良質の材は、"トロ"なんて呼んだりするんですよ。
ここのヒノキは粘り気もあるから、曲げ輪ができたわけです」
そう話すのは、この地で60年近く木工業を営む、
内木木工所の内木盛良(ないきもりろう)さん。
曲げ輪の職人だった父親に対し、別の分野を極めようと
内木さんが追求したのが、塗装の道でした。
今日では、木材塗装の分野において業界を牽引しています。
実際に、内木さんが手掛けたプロ仕様の卓球ラケットを拝見すると、
そこに刻まれた年輪は、確かに"トロ"のようです。
そんな良質な材がある東濃地方においても、
木工業を取り巻く厳しい環境は変わりありません。
住宅用建材の多様化に加え、安価な外材の流入 。
森は適正に間伐、管理されなければ、
こうした良質な材も育たなくなってしまいます。
「それでも木工の産地、岐阜には仕事があり、危機感が薄いんです。
私も、塗装だけで食べていくこともできました。
ただ、産地の緩やかな衰退を、見て見ぬふりはできなかったんです」
そう話す内木さんは、もともと好きだった加工の技術で、
様々な木工製品を手掛けていきました。
そんななか、NCルーターでカットしたウェーブ状の素材。
それをつなぎ合わせた板を、数カ月放置しておいても、
まったく反っていないことに気が付きます。
内木さんは、県や大学に試験を依頼。
すると、ウェーブ状にカットしたことによって、
木の繊維が短く絡み合い、反りが防がれることが判明したのです。
「普通、無垢の木は板状にすると、数カ月放置していたら、
多少なりとも反ってしまうんですよね。
この技術を用いれば、様々なものに展開できると思いました」
内木さんは、デザイナーに協力を仰ぎながら、
矢継ぎ早に様々な商品を仕掛けていきます。
それまで柔らかく、反りやすいため、
家具には向きにくいといわれていたスギ・ヒノキでしたが、
この技術を用いれば、このように机やテーブルにも。
スギの柔らかい触り心地と吸水性を生かしたバスマットは、
反りにくいからこそ生まれたプロダクトです。
内木さんはこのブランドを、「tonono(とのの)」=東濃の、
と名付けました。
「グローバル社会においては、何か作っても、
すぐに外材で真似されてしまいます。
これからは東濃でしか作れないものを追求しなくてはいけません。
木工の産地の岐阜で、ここでしかできない技術を駆使していきたい」
スタイリッシュなデザインで、
針葉樹の欠点を解消した「tonono」。
ウェーブ状の材をつなぎ合わせるのは、
高度な技術が必要とされるといいます。
この技術によって、東濃の木材が利用され、
山を守り育てていく循環を生み出していく。
内木さんの探求心は今、確実に実を結びつつあります。