世界に通じる日本の皮なめし
靴、鞄、財布、ベルトなど
、
今や私たちの身の回り品で、「革」は欠かせない素材の一つです。
人類が地球上に存在し始めた頃から、
動物の「皮」は、衣服や住まい(テント)に利用していたといわれるほど、
必要不可欠な素材として重宝されてきたそうです。
ところで、上記の「皮」と「革」の違いって何なのでしょう?
一般的に、動物の皮膚をそのまま剥いだものを「皮」と呼ぶそうですが、
そのままではバクテリアによって分解されやすく、腐敗しやすい状態です。
それを「なめし」という作業を加えることで、
組織を固定、安定化させ、腐敗しにくくしたものを「革」と呼ぶのです。
その種類も多様で、動物の種類だけあるといっても過言ではありませんが、
皮は食肉用の動物から取れる副産物がほとんどのため、
一般的な革製品の多くは、牛、豚、羊、ヤギ、馬などから取られています。
なかでも、馬の臀部(でんぶ)から採られる皮は「コードバン」といい、
その希少性と、キメの細かい繊維は別名「革のダイヤモンド」と呼ばれるほど。
しかも、そのコードバンのなめしを行えるのは、世界で2社のみなんだそう。
1社がアメリカのホーウィン社、もう1社が日本の「新喜皮革」。
そんな噂を聞きつけ、姫路市花田町に本社&工場を置く、
新喜皮革を訪ねました。
ツンとした獣臭に覆われた工場内には、
60年の歴史を感じさせる趣がありました。
年の瀬のお忙しい時期にもかかわらず、快く迎えてくださったのは、
デザイナーの米田浩さん。
「姫路は、昔から国内皮なめしの中心地として栄えてきました。
現在もここ花田町高木地区に80社ほどなめし工場があるんです」
熱のこもった口調で、なめしのいろはについて教えてくださいました。
この姫路の高木地区が産地になったわけには諸説あるようですが、
豊富な水を必要とする皮なめしにとっては、
穏やかな流水と広い河原がある市川の存在が大きかったそうです。
また、瀬戸内海の温暖な気候や、
皮の処理や保存に必要な塩が容易に手に入ったことも、
産地として発展していった理由だそう。
仕入れる原皮は、ヨーロッパ産の大型の食用馬。
これを「ドラム太鼓」と呼ばれる大きな機械にかけることで、
毛や脂肪を落とし洗浄します。
こうして見えてくる原皮の色は黄土色ベースに、
ところどころ赤や青が交じっています。
この原皮から余計な部分をカット。
コードバンと呼ばれる臀部から取られる皮は、ご覧の通り極わずかです。
他の部位と比べても、明らかに厚みがあるのが分かります。
この状態まで持っていった皮をなめしていくのですが、
なめし方は、用いる「なめし剤」によって異なるようです。
主に、植物に含まれる「タンニン」を使った「タンニンなめし」と、
化学薬品の「塩基性硫酸クロム」を使った「クロムなめし」の
2通りのやり方があります。
クロムなめしの場合は、先述の「ドラム太鼓」を使い、数時間で仕上がるそうですが、
タンニンなめしの場合、ゆっくりじっくり時間をかけてなめしていくため、
新喜皮革では4週間の時間を費やすそう。
時間が経ったタンニン槽は、徐々に褐色へと変化しています。
「なめすことで、皮にもう一度命を吹き込むんです。
ここは僕にとっては物すごいパワースポットですよ!」
米田さんの言葉からは、
皮を提供してくれている動物に対する敬愛を節々から感じます。
なめし後の乾燥させている光景は圧巻です。
「触ってみてください」
といわれ、その手で感触を確かめてみると、
コードバン(写真左下)の方が、圧倒的にスベスベしています。
これこそが「革のダイヤモンド」と呼ばれるゆえんだそう。
最後に熟練の職人によって、写真右下のようなガラスで革の表面を磨く
グレージング加工がされ、光沢が出されていきます。
仕入れから出荷まで、すべての工程に要する期間は約10ヵ月。
コードバンには、それだけの時間と手間、
そして高度な技術を要することから、
世界で2社しかタンナー(なめし業者)がいないわけなのです。
「今まで積み重ねてきたからこそできる仕事。
常に先人たちに感謝をしながら、バトンをつなげていきたい」
そう話す米田さんを中心に、新喜皮革では、
2年前より革製品ブランド「The Warmthcrafts-Manufacture」を立ち上げ、
オリジナル商品の企画販売に乗り出していっています。
使い込むごとに味わいが増していく革のなかでも、
コードバン製品からは、その独特の硬質な素材感がにじみ出ています。
1年使い込まれているという米田さんの鞄も、とても味わい深いです。
この展開によって、消費者へ皮革の製造工程を含めて、
作り手の想いを直接伝えることができるようになったといいます。
最後に米田さんに大切にしていることを伺うと、
こんな答えが返ってきました。
「順番です。
デザインから入るのではなく、素材の皮があって
初めて何を作るかを考えるべきだと思っています」
その言葉は以前、食の取材をした際に聞いた、
「季節ごとに異なってしかるべき収穫できる野菜を、どう調理するかが大切」
という言葉と妙にシンクロしました。
どんなモノも、その多くは自然界からの産物です。
そうした自然への畏敬の念を忘れてはならないということを、
新喜皮革から学ばせていただきました。