世界にひとつだけの靴
日本の主要な国際貿易港である五大港のひとつに指定されている、神戸港。
1868年に開港し、同年1月から1899年7月の間、
現在の神戸市中央区に外国人居留地が置かれていました。
外国人居留地は貿易の拠点、西洋文化の入り口として栄え、
周辺地域に経済的・文化的影響を与えました。
そして、今でもその街並みや文化の名残が残っています。
当時、草履や鼻緒を作っていた職人は、
居留地に住む外国人の靴の修理や新調を行うために、靴職人に転業。
京都は呉服の街=「着倒れ」、大阪は食の街=「食い倒れ」に対して、
神戸は履物の街=「履き倒れ」と表現されていたほど、
神戸の街には靴屋が軒を連ねていたそうです。
しかし、昭和に入ると、工業製品として開発された「ケミカルシューズ」が
神戸市長田区の地に誕生し、靴職人も長田へと移り、手づくりの靴職人は減少。
そんななか、8年前に会社員から転身して、
オーダーメイドの靴職人として活躍する、大森勇輔さんに会いに行きました。
ビルの一室のドアを開けると
そこはコンパクトながら靴づくりに必要な材料やミシンなどが並ぶ、
大森さんの靴工房でした。
もともとものづくりが好きだった彼は、
靴のほか、鞄や服飾の道も考えましたが、
「どうせやるなら、一番難しい靴づくりにチャレンジしよう」
「健康に根差した靴づくりを学ぼう」
と、三田(さんだ)市にある足にハンディーキャップを持つ人のための、
靴づくり専門学校に進みます。
「僕たち日本人も椅子を使う生活が中心になってきて、
骨格が欧米化しつつあるんですよ。
だけど、靴がその骨格になかなか追いついていない。
そうすると歩き方が変になって、腰を痛めたり、足に悩んでいる人もすごく多い」
大森さんが学んだのは、ドイツ式の製法。
イタリアはできるだけ細くセクシーに、フランスはエレガントに、
というように各国それぞれの作り方の特徴があるそうですが、
近年、日本人のみならず、人々の足腰が弱くなってきていて、
ドイツの"無理なく骨に合わせた木型を作れる"技術が注目されているんだとか。
こちらが、すべて大森さんがハンドメイドで作った革靴です。
シュッとしたフォルムやステッチ、革の艶、
どの角度から見ても惚れ惚れとしてしまいます。
しかし、同時に「高そう
」と感じてしまうのも確か。
当初は完全オーダーメイド×ハンドメイドで富裕層をターゲットに始めたそうですが、
「オーダー靴に対するハードルを下げたい!」
という想いで、木型をゼロから起こさないで済むように、
工程を簡略化して価格を抑えることに成功しました。
こちらがカジュアルオーダーメイドのシリーズ。
履いてみると、その軽さと革の柔らかさに驚き、
そして靴が足を優しくふわっと包み込んでくれることに気付きます。
「見た目も大事だけど、履き心地を第一に考えていますから」
恥ずかしそうに顔をくしゃくしゃにして笑う大森さんからは、
人の良さがにじみ出ていて、
そんな大森さんが作る靴だからこそ、温かみが感じられるのだと思いました。
せっかくなので、作業の様子も拝見させていただきました。
これは、平面の革を木型に沿わせて立体にしていく「つり込み」というもの。
革の伸び具合を手で確かめながら行えるところがハンドメイドの良さだそう。
しわが入らないように、つま先部分には特に気を遣うといいます。
話をしながらも手は動いていて、
あっという間に靴型に変化していました!
靴を脱ぐ文化のある日本において、
紐をつけたまま脱ぎ履きがしやすい形状や、
修理は街の修理屋さんに頼めばできるような作りにしているそうです。
靴の履き心地はもちろんのこと、
大森さんの人柄や考え方に惚れ込んでしまった私たち。
取材当日はクリスマスということもあり、
自分へのプレゼントに1足オーダーすることに★
まずは足のサイズを採寸し、細かい足の悩みをヒアリングします。
測ってみると、左右の足の長さが実は若干違ったり、
「ここは痛くないですか?」
「かかとが擦れることはないですか?」
とひとつひとつ聞かれると、「そういえば時々
」と悩みが出てくるもの。
また、大森さんが目線を合わせながら、ゆっくり優しく話してくれるから、
ついつい話してしまうんですね。
聞くところによると、大森さんは靴職人になる前は
医療機器の営業をされていたんだそう。
お客様の要望をしっかりと聞き、話しやすい雰囲気を作ってくれているのは、
持って生まれた性格に加えて、営業時代の経験が生きているのかもしれません。
採寸後は、マスター木型で作ったサンプル靴を試着しながら、
足の厚みや幅を下敷きを入れながら調節・確認していきました。
最後に色やデザインを選んで、オーダー終了。
靴のデザインモデルには「栄町通」「元町通」「海岸通」
というように、神戸の通り名がつけられていました。
「僕、めっちゃ地元ラブなんで」
とひと言。
靴の街・神戸で生まれ育ち、別の職業に進みながらも
今こうして靴づくりをしている大森さんが作るオーダー靴の評判は
口コミで広がり、過去には大分県にまで呼ばれて、
出張でのオーダー受け付けをしたこともあるんだとか。
「全国どこへでも呼ばれたら行きますよ!
好きで靴を作って相手に喜んでもらえるし、おまけにお金ももらえる(笑)。
死ぬまで靴づくりを続けていきたいですね」
玄関にそっと掛けられていた大森さんの一足は、
履いた分だけ味が増していました。
お手入れをして、靴底の補修をしていけば、
10年でも20年でも履けるという大森さんのオーダー靴。
世界にひとつだけの靴を大切に履き続けていきたいと思います。